神と俺のコンイトス
第16話 ティンカーベルってこんな感じ?いやアレはこんなヤバいもん持ってないけどさ
どこか虫を思わせる羽をはためかせるが気持ち悪さは一切ない。
無邪気な表情は素直に愛らしいと認められるものだし、整った顔立ちも妖精の名にふさわしいものだ。
そしてその体は淡く発光していた。
かの有名なティンカーベルに近い姿の妖精だった。
その妖精達にさんざん追い回されるのは何の皮肉だ。
誠次は胸中で毒づきながらも後方から突撃してきた妖精を首を傾けてかわした。
死角からの攻撃をたやすくかわされて眼を丸くしている妖精を思い切りはたき落す。
妖精は地面に叩きつけられることなく光の粉となって弾けて消えた。
この妖精、神の趣旨変更宣言に違わず攻撃力は持ち合わせていない。
だが代わりに凶悪なアイテム携えていた。
それが手のひらサイズの妖精たちが手に持った大きめのハンコだ。
ハンコにはカタカナで『バカ』と刻まれており、このハンコを体のどこかに押されたものは一週間バカになるという恐ろしい代物だった。
安堵する間もなく頭上から隣のアスナめがけて急降下してくる。
アスナは今このかをおぶった状態だし、とても避けられるとは思えない。
自分で二人を抱えて飛ぶのも効率が悪い。
誠次は気づいていないふりをしてアスナの隣を走る。
妖精は別段疑うでもなく、そのままアスナへと襲いかかった。
そしてアスナの頭にハンコが当たる寸前で横薙ぎの手刀で妖精を散らす。
次に来たのはアスナの体の向こう側だ。
アスナの体の影に隠れているつもりなのだろうが、そもそも視覚的に見えるかどうかなど誠次にはあまり関係ない。
気配を消したところで、生き物ならどうあっても存在する氣や氣の流れを見て発見できるのだから
素早くアスナの体を回りこんで妖精に肉薄する。
妖精はばれてるとは思わなかったのか、またも驚愕の表情を浮かべた。
ハンコに触れないように妖精の体を打ちすえ、光に帰す。
ネギに迫った妖精は古菲が、夕映に迫る妖精は楓が撃ち落としていった。
よくまあ人一人抱えたままあれだけの動きができるものである。
誠次は心底感心しながら正面から迫る妖精に手刀を振り下ろした。
「……!!」
驚愕に眼を見開く。
そこにはハンコを盾のように構えてこちらの手刀を待つ妖精の姿があった。
慌てて手刀を止めて代わりに右足を振り上げる。
衝撃に身を貫かれた妖精が光の粉になって消える。
今のは危なかった。
冷や汗ものだ。
ふと視線をずらすと同じように古菲と楓も戦々恐々とした面持ちで走っていた。
「楓。お前らも?」
問いかける。
若干言葉が足りないところがあるが、同じ状況に追い込まれたのなら通じるだろう。
案の定楓は頷いてきた。
「うむ。ハンコを盾にされたでござるよ」
「ワタシもアルよ」
ハンコを盾にして攻撃した手や足にハンコを押す。
一斉に行われたということは、妖精の思い付きではなく計算された作戦だったのだろう。
一度でも仲間がそれにさらさらされれば皆警戒する。
それゆえの同時攻撃。
しかしこれで
「うかつに打ち落とせなくなったわけだ」
皆深刻な顔で押し黙る。
必然、妖精たちの攻撃を躱さなくてはならなくなったのだが、最大の難点は非戦闘員だ。
今までは動物の群れなんかと同じように非戦闘員を戦闘要員で囲んで妖精たちを撃ち落とすことで突破してきたが避けるとなると話がかわってくる。
楓をはじめとした戦闘要員が妖精をよけると、残された非戦闘員がバカハンコの犠牲となってしまう。
さらにはアスナはこのかを背負っているのだ。避けようがない。
必死に頭を働かせながら誠次は足を動かす。
アスナや夕映に合わせているので後ろの妖精たちを振り切ることもできない。
いや正直妖精の速度はそんな速くない。
背中のこのかさえどうにかすればアスナでも避けれる可能性はある。
そこまで考えて誠次は天啓を授かったかのように手を打って叫んだ。
「そうだ!俺がこのかを、古菲が夕映を、楓がまき絵を持って一気に振り切って……!」
「ネギ坊主はどうするアルか?」
古菲に問われて誠次は言葉を止めた。
ゆっくりとネギに向ける。
そして淡々と言った。
「そうか。誰か忘れてると思ったんだ」
「忘れないで下さいよ!」
悲鳴を上げるネギに向かって誠次はいい笑顔でサムズアップする。
「よし!お前は殿だ!」
「殿!?なんでですか?」
9歳の少年にはこの逃走劇はきつかったのか、少し息を切らしながらネギが言う。
それに誠次はネギの眼をまっすぐ見つめながら答えた。
「殿でその身を持って妖精たちの突撃を阻め」
「えええええええええええ!!」
ネギがまたも悲鳴を上げる。
少し涙目になって誠次に詰め寄った。
「そんなことしたら僕がバカハンコ喰らっちゃうじゃないですか!」
それに誠次は沈痛な面持ちで答える。
「生徒のためその身を削るのが教師の仕事だ。潔くパーになれ。なった後も俺が盾として有効活用してやる」
「さりげなくひどいこといってますね!嫌ですよそんなの!」
「別に、どこも、さりげなくないですが」
夕映が息を切らしながらつっこむ。
「ええい!お前はパーになってもさして問題はないだろ!俺達はパーになると大変なことになんだよ!」
誠次がいらだち紛れに怒鳴るとネギもまた叫び返した。
「大変なことって何ですか!?それに僕だってパーになったら授業はできないし大変ですよ!」
誠次はネギの頬を軽くつねりながら声を張り上げる。
「俺達なんぞパーになったら次のテストは0点!そしたら小学校送りだ!」
ネギは負けじと誠次の腕をつねろうと腕に指をかけた。
誠次はそれを見て腕の筋肉を締める。
鋼のように固く締められた腕にはつねるだけの余地がなくなる。
それでもネギは誠次の腕をつねろうと悪戦苦闘しながら言い返した。
「なんですか小学校送りって!?」
誠次の代わりにアスナが答えた。
なかなか体力があるようでこのかを背負いながらの激走だというのにまだ余裕がありそうだった。
「今度のテストで2-Aが最下位を脱出できなければクラスは解散。特に成績の悪いものは小学校に逆戻りだって」
しかし、ネギはその話に驚いたように目を見開いた。
次いで爆弾を投下する。
「そんな話聞いていませんよ!僕が聞いているのは2-Aが最下位脱出できなければ僕が先生をクビになるって話だけです!」
その言葉に全員が凍りついた。
危うく足を動かすのも忘れそうになるほどの衝撃だった。
「「「「「ええええええええええええええ!」」」」」
いくつもの少女の驚愕の叫びが図書館島に響きわたる。
それを誠次はだいぶ冷静に眺めていた。
「なんと……誤情報でござったか」
楓は即座に復帰して咄嗟に飛び込んできた妖精をかわす。
妖精は楓にかわされるとそのままアスナたちを狙うこともなく離脱していった。
アスナが涙目になって天を仰いだ。
「ああもお~!そうと知っていたらこんな人外魔境に来なかったわよ!」
皆言葉にはしないが大体同じ気持ちのようだ。
この場で脚を止めればバカハンコの餌食になる。
それは全員分かっているはずだが、モチベーションの低下は無意識にアスナたちの足を鈍らせていた。
その様子を見つめながら誠次は無表情に言葉を吐き出した。
「あ~そんなお前らに朗報だ。件の噂はとある厄介者の耳に入った。そしてその厄介者は実に乗り気だ。俺達の小学生姿を見たがっている。おそらく学園長が何と言おうと俺達が赤点を取ったら小学校に送りこむだろう」
その言葉にアスナ、ネギ、楓の顔が引きつった。
神を知る連中だ。
だが夕映と古菲は訝しげにしている。
「誰ですか?その厄介者というのは。一個人にそんな真似ができるとは到底思えないのですが」
不審そうに言う夕映にアスナが沈痛な面持ちで首を横に振る。
「駄目なのよ夕映ちゃん。アレがそうと決めたら誰にも止められないわ。それこそ学園長でも法でもね」
「なにものですかその人は……」
アスナの真剣な表情に夕映は気圧されたように小さな声で言った。
今度は楓が答える。
その頬には一筋の汗が浮かんでおり、片目が開かれていた。
「この妖精や先のケルベロスを用意したものでござるよ。正直あの御仁には常識というものが全く通用しないでござる」
さらにネギが通夜の席のような表情で続けた。
「夕映さんには申し訳ないですが、野良犬にでも噛まれたと思ってテストを乗り越えてもらうしかないです」
とうとう夕映も沈黙した。
重苦しい空気が立ち込める。
それを振り払うような明るい声が流れた。
「でもどうするアルか?実際なにか手を打たないとこのままじゃみんなパーアルよ」
その言葉にアスナが誠次に向って声を上げた。
「ほらアレ!さっき誠亜がケルベロスを吹っ飛ばした奴。あれで何とかならない!?」
それに誠次は難しい顔で唸った。
「ならんこともないが……」
「ないが、何よ!」
煮え切らない誠次をアスナが急かす。
しかし誠次はなおもどこかのんびりと答えた。
「つきあってほしければ安全なものに趣旨変えしろって言って趣旨変えされた以上俺も付き合わにゃならんしなあ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょおおおおおお!」
もう泣きそうな勢いで叫ぶアスナ。
それに若干引きながら誠次は手をパタパタと振った。
「い、いやそれにさっきのはいろいろ制約があって。そう多用できるもんじゃないんだよ」
「つまり使えないと?」
アスナよりは幾分冷静に夕映が問うてくる。
誠次はそれに首を振りながら答えた。
「うんにゃ。使えないこともないが無理すると俺が足手まとい化する」
告げられた事実に皆焦燥を含んだ表情になる。
今度はネギが問う番だった。
「じゃ、じゃあ何か他に技はないんですか!?誠亜さんがダウンせずに使えてあの妖精たちを倒せそうな技は!」
誠次は眉間にしわをよせ、前を向いたまま答える。
「ないこともないが……お勧めしない」
「何故、ですか!?」
夕映が少しきつそうに問う。
誠次は頬をかきながら答えた。
「技として研究確立したもんじゃないからな。ちょっとばかし精度に問題が」
「四の五のいってらんないわよ!やって!」
アスナが声を張り上げる。
それでもなお誠次は気乗りしない様子で唸った。
もどかしい誠次の態度に夕映が諭すように言った。
「このままでは私達バカレンジャー全員が小学校送りです。それを考えれば多少のリスクはあまんじて受け入れるべきかと」
誠次は皆の顔を見回す。
気絶しているこのかとまき絵を除く全員が真剣な表情で頷いた。
それに誠次は嘆息すると打って変って真剣な表情で両手を打ち合わせた。
「よっしゃ!そこまで言うんならやってやる!」
皆の顔に安堵の色が浮かぶ。
これで助かる可能性が出てきた。そんな表情だ。
「念のために言っておくが……」
その仲間たちに誠次は一切の悪意なく燃料気化爆弾を投下した。
「40パーぐらいの確率でお前らも爆死するから今のうちに覚悟決めろよ!」
「「「「「待ったああああああああ」」」」」
意識のある全員で誠次に飛びつく。
誠次は両腕を押さえられた状態で困惑の声を上げた。
「な、なんだ急に!」
誠次の腰に組みついた夕映が額にたっぷりと汗を浮かべながら言う。
「待つです!今さらりと凄まじく危険な発言をしたでしょう!」
それにアスナも声を張り上げた。
よほど精神的に追い詰められているのか瞳が点のようになっている。
「聞いてないわよ。爆死するなんて!」
「あれ?言ってなかったか?」
すっとボケたことを言う誠次に右腕に組みついている古菲もかなり早口にまくしたてる。
「精度が悪いからお勧めしないとしか言ってないアル!」
「そういやそうだったか。で、どうする。やる?」
「「「「「「他の方法を」」」」」」
満場一致でそう言う。
次の瞬間、誠次が地を蹴って跳んだ。
全員の後ろに回り込むと一番近くにあった本棚に手をかける。
「オオッ!」
雄たけびとともに腕に力を込めた。
大きな本棚が勢いよく回転して、誠次たちを守る壁となる。
本棚の向こうでこちらの隙をついて突撃してきた妖精たちが一斉に弾け散る音がした。
「走れ!」
そう叫んで自身も疾走する。
しかし本棚など一時の時間稼ぎにしかならない。
飛べる妖精にとって大した障害とならないのだ。
「何か方法はねえのか!!」
苛立ちを含めて怒声を上げる誠次に夕映は声を上げた。
「何か布で手を包んで攻撃するのはどうでしょう!」
一瞬光明が差し込んだように感じたがすぐさま横から否定の声があげられた。
ネギだ。
ネギは子どもゆえまだ短い手足を懸命に動かしながら走る。
やはり魔法の力が無い影響かその走りもどこか拙かった。
「駄目です!たぶん布を巻いたぐらいじゃ防げないはずです。布越しになるだけで効かないのなら服の上からでも効かないはずです。神、じゃなくてあの人がそんな難易度を低くするとは思えません!」
夕映が悔しげに唸る。
誠次もまた焦燥を覚えていた。
こんな時は回転の悪い自分の頭に憤りを覚える。
何か手はないかと思考を凝らす面々に古菲が声を張り上げた。
「布!布アルよ!何か長い布はないアルか!?」
「布ぉ!?」
問い返す誠次の横で夕映が素早く制服の上着を脱ぐ。
「制服の上着でいいですか!?」
差し出されたそれを素早くつかみ取ると古菲は後ろを振り向いた。
そこには既に十体近い妖精が迫っている。
「どうすんだ!?」
そんな布でどう切り抜けるのかさっぱり分からない。
誠次が心配も含めて問うと古菲は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「こうする……アルよ!!」
古菲の腕が凄まじい速度で舞い踊る。
それに合わせて手にした上着が鞭のように舞い、槍のように鋭く妖精たち貫いた。
おまけに一瞬たりとも停滞しない。
踊るように次々と布の槍を撃ち出していく。
果敢に攻め込む妖精たちだが古菲という名の城壁はかけらも揺らがなかった。
「おお!凄いですよ古菲さん!」
ネギが歓声を上げる。
皆の顔にも希望が見える。
焦ったのは妖精たちだ。
突破は無理だと思い思いの方向に迂回し始める。
確かに古菲との間にアスナたちを挟んでしまえば布の一撃は使いづらくなる。
だがその程度で抜けるほど古菲は甘くなかった。
後ろ向きに走りながら迎撃していた古菲は前に向きなおって風を裂いて疾走した。
「誠亜!肩借りるアル!」
その言葉だけで古菲が何をしようとしているのか理解して誠次は身を低くした。
跳躍した古菲が誠亜の肩の上に乗る。
舞い踊る布が前後左右、近づく妖精を片っ端から貫き、紙吹雪ならぬ光吹雪を舞わせた。
皆の中心であり他より高い位置に立つことで死角はなくなる。
古菲のやったのはそういうことだ。
舞う光雪を横目に誠次は図書館を駆け抜けた。
できるだけ上半身を揺らさないよう苦心する。
誠次は正式に武術を学んだわけでもないので所詮“できるだけ”にすぎないが、それでもやらないよりはましだろう。
「あともうすぐ!みんな頑張って!」
アスナが前方の出口を見据えて励ましの声を上げる。
だいぶ息が切れてきている夕映も必死になって足を動かした。
出口まであと数メートルというところで誠次は肩の上の古菲に向かって叫んだ。
「古菲!先行け!」
古菲は何も問わずにすぐさま肩から飛び降りて出口へと飛び込んでいく。
それから一瞬遅れて出口に飛び込んだ誠次はすぐ横の壁に拳を叩きこんだ。
そのまま殴り崩して道をふさぐ。
1秒後、妖精たちの激突音が連続して響いた。
パチパチと火花の散るような音が聞こえてくる。
妖精たちの散る音だろう。
妖精たちが追ってこないのを確認して誠次は深く息をついた。
細い通路を抜けると開けた場所に出る。
当然だがここも図書室だ。数階分吹き抜けというわけではないがそれでも天井はかなり高い。
図書室内の本を読むためのものであろう机がいくつもあった。
その机の上に皆ぐったりと横になっている。
胸を大きく上下させながら荒れた呼吸と、わめきたてる心臓を鎮めているのだろう。
それを一瞥して誠次は眼を閉じた。
1分かけてゆっくり、静かに空気を吸い込み、倍の時間をかけて肺にため込んだ空気を吐き出した。
それと並行して体内を整えていく。
例え0,1秒に満たない時間であってもやはり切り札を使った反動はあった。
(最善をもってこれか。やっぱ決闘以外じゃ使わない方がいいな)
嘆息してかぶりを振る。
(いや、こんな愚劣なレベルを最善と言ってる時点で駄目だな。まだまだ俺は下手クソだ。上を目指さにゃならん)
胸中で決意を固めていると、後ろから声をかけられた。
「大丈夫でござるか誠亜殿?」
振り向いてそこにいた楓に答える。
抱えていたまき絵はもう他の面々と同じように机に横たえられていた。
「ああ。俺は大丈夫だよ。それより他の面々はどうだ?」
誠次は体力にはかなり自信がある。
特殊な鍛え方をした肉体自体相当な持久力を持っているし、もう一つのファクターもあわさればよほど無茶をしない限りずっと動き続けることが可能だ。
「本来は……ここで食事と休憩をする予定でしたが……」
息も絶え絶えに言う夕映にアスナが力なく右手を振る。
「休憩だけでいいわ……疲れすぎて食欲わかない」
そのままぐったりと動かなくなった。
その隣では古菲が水筒のお茶を飲んでいた。
「ここは大丈夫なのでござろうか」
油断なくあたりを見回す楓。
このフロアには敵はいないようだが、へのへのもへじは虚空から出現していた。
油断はできない。
だがそれ踏まえた上で誠次は言った。
「大丈夫だろ。たぶんここは“休憩所”なのさ。ここで疲れをいやして次の難関に臨めってことだ」
それを聞いて楓はようやく肩の力を抜いた。
軽く息をついて言う。
「それじゃあ拙者も少し休むでござる」
楓はそう言うと近くの本棚に背を預けた。
他の面々のように無防備な姿を見せないのはさすがは忍者といったところか。
(あれ?忍者じゃないんだっけ?まあいいか)
勝手に自己完結して皆の寝ている机に向かう。
体力に自信があるといっても無意味に立っている必要はない。
椅子を引いてどっかりと座り込んだ。
天井を仰いで、ため息をつく。
こんな大変な探検になるなど寮の部屋を出る前は考えもしなかった。
ふと部屋に残してきたティーの顔が脳裏に浮かぶ。
いまさらながらダイゴの部屋に送ってから来た方が良かっただろうか。
ティーは7歳。一人で留守番ができないこともないが、過去に一度トースターに火を噴かせた経歴を持つ子である。
(あ、駄目だ。心配になってきた)
誠次はポケットから携帯電話を取り出す。
折りたたみ式のそれを開いてボタンをプッシュしようとして圏外になっていることに思い当たって舌打ちした。
苛立たしげにポケットに携帯をねじ込んでぼうっと視線を泳がせる。
天井と本棚を一巡りした視線は眼前のまき絵の寝顔にたどり着いた。
お世辞にも安らかな寝顔とは言い難いが、それでももとが可愛いのでなかなか絵になった。
改めて思うが2-Aは可愛い娘が多い。
ほとんどが美少女と呼べるだけの整った顔立ちをしていた。
むしろ可愛くない娘などいないんじゃないだろうか。
そう考えて誠次はもう一度天井を見上げた。
(ひょっとして俺浮いてんじゃねえか?)
別に不細工だとは思わないが自分の顔は正直どうなのだろうか。
すくなくとも昔から狼のようだと怖がられているこの眼はマイナスファクターだろう。
麻帆良に来てすぐはかなり怖がられたし、高校に入ってからもあまり親しくない面々には睨んでいると誤解された。
それに明らかに中学生をするには向いていない。
楓や龍宮もそうといえるが、彼女らはそれぞれ穏やかさと凛々しさがその美貌を際立てている。
なら自分はどうだろう。
手入れなどほとんどしない髪はお世辞にも艶やかとは言い難いし、前に大浴場でも言われたが可愛い、綺麗と評するには筋肉がつきすぎだろう。
まあ女性としての可憐さと肉体的格を天秤に掛けたら0秒で後者に傾くので特に後悔はないが。
だがとりあえず
「可愛くはねぇな……」
ぼうとした眼差しで呟いた。
何か物音がしたような気がするが、誠次は無視して続けた。
「可憐とは対極だろう」
ごとんと何か固くて重いものを落としたような音がする。
だがこれもまた無視した。
「美人っつうには怖すぎだろうな……」
パキンと何かが砕ける音がする。
強いて言うならばプラスチックのコップを割ったような。
「……………………」
いい加減気になって視線を音の方に向けると、古菲が眼をまん丸にしてこちらを見ていた。
右手の中では砕けたプラスチックの蓋兼コップがたぱたぱとお茶をこぼしている。
誠次はその表情に訝しげに眉をひそめ、自分の考えていたこと、そして口走ったことに思い当たった。
思わず手を振って声を上げる。
「いやいやいやいやいや!今のは別にだな!」
若干頬が紅潮している気がする。
古菲も気まずそうに笑った。
「い、いやあ。別に問題ないんじゃないアルか?誠亜がそんなこと言うとは思わなかったからちょっと驚いたアルが、決して変なことではないアル」
古菲がとくにからかうでもなくスルーしてくるようなので、誠次は安堵の息を吐いた。
だが次の瞬間古菲が強烈な一撃を放つ。
「女の子ならみんなそういうことは考えるアルよ。大丈夫自信を持つアル。誠亜は美人。いうなればワイルド系美女アル」
魂まで凍りついた気がした。
“女の子なら”
“ワイルド系美女”
恐る恐る自分の思考と言葉を振り返る。
どう解釈しても答えは同じだった。
アレは女の思考だった。
「………………………………!!!!!」
声にならない絶叫を上げる。
恐るべきことが起きてしまった。
思考展開に違和感はなかった。
最近それを感じさせる事件に出会っていなかったため気付かなかったが、精神の女化は着実に進んでいたのだ。
誠次自身でも気づかないうちに。じわじわと。
「セ、誠亜?大丈夫アルか?」
心配そうにこちらを見る古菲に大丈夫だと精一杯の見栄を張って誠次は顔を上げた。
無意識に頭を抱えて俯いていたらしい。
強烈な疲労感を覚えて誠次は背もたれに身を預けた。
肉体的には大したことないが精神的には少々疲労していたようだ。
なぜだろう。
そう考えてすぐ答えに行き当たる。
後ろに人がいるからだ。
守らねばならぬ人が。
自分の実戦経験など、故郷の森の2回と麻帆良に来てからの数回、三国志時代での戦いだけだ。
そのすべてにおいて誠次には守らねばならない者がいなかった。
基本一人で戦っていたし、三国志時代の仲間たちは守るどころか守られてしまうほどに強かった。
それゆえに初めての守りながらの戦い。
自分の体以外に気にするものがあるというのが存外神経をすり減らしていたのだろう。
(つくづく未熟だ。俺は)
胸中で毒づき額に手を当てる誠次の耳に小さなうめき声が聞こえた。
手をどけて声の源を見ると、机の上に横たえられたまき絵が身じろぎして、ゆっくりと目を開くところだった。
「ううん……なんかすっごく怖い夢を見た気が……」
軽く体を起こして、手の甲で目をこする。
そして誠次の方に視線を向けた。
茫洋としたまなざしに意思が蘇っていく。
「おはよう。まき絵」
とりあえず挨拶をする。
するとまき絵は改めて誠次に焦点を合わせて言った。
「はうっ」
そして再び気絶する。
「は?」
その反応に誠次が素っ頓狂な声を上げる。
しばし訝しげに眉をひそめた後、自分の体を見下ろしてああと呟いた。
誠次の体は頭のてっぺんから足の先まで返り血で真っ赤に染まっている。
ある種怪物じみた恐ろしさがあった。
一般人かつ、怖がりなところのあるまき絵が気絶しても無理はない。
「洗ってきたらどうアルか?」
「体を洗える場所があるならな」
指を一本立てて言ってくる古菲に、疲れた表情と声音で返す。
アスナたちが復活するまであと数分かかるだろう。
まき絵もそれまで眠らせておけばいい。
誠次はそう完結して、自分も目を閉じた。
今は、今だけは、平和な時と信じて。
あとがき。
アレ?
おかしいなあ。
図書館島探検で考えたネタの半分も入っていない。
一つにまとめると長くなりすぎちゃうので二つに分けることにしました。
そうすると今度はこの話が面白みに欠けるものになってしまったという罠。
無理やり入れるとちょっと長すぎるし……
よって話的に中途半端ですがご許しを。
次はできるだけ早く投稿したいです。
拙作ですが今後ともよろしく。
ふと思ったのですが、誠亜とか神の絵でも描いてpixvあたりに投稿してみようかな。
でも「誰コレ」ってなりそうだし。さらにいうなら正直下手の横好きで画力もデザインセンスもないしなあ……
というか絵描いてる暇があったら次の話を書いた方がいいかもしんないんですけどね。