「そうか、お前がネギか……そうだ、お前に一つ魔法を送ろう。これから先生きていけるように、お前と相性の良い魔法を一つ。まあ、何になるかわからんし嫌いなのを引き当てるかもしれないが許せ」そう言って微笑んだナギは、自分の胸にそっと手を当て呪文を呟く。するとナギからほわりと光が出てきてネギへと入り込んだ。ナギはその光を見て、今度は豪快に笑い出した。
「いや……すまんな、そうかそれを引くか……じゃあ今度は俺からの我侭だ。魔法をもうひとつ」そこで区切ったナギは、微笑みながら次の言葉を口にした。
「お前を呪うことにするよ。庇護でエゴだ」
魔法と呪いと杖を置いて飛んでいってしまった父を見ながら。ネギには状況が理解できていなかった。当然だ、本来ならば悲劇で終るはずだったところを、父は『全てを治して』帰っていったのだ。石化した村人も、燃えた村も、全てが元通りだ。ただ、もう安全な事がわかったネギは、喜びからか恐怖からか、大声で泣き出した。
ナギ・スプリングフィールド。ネギの父親。千の魔法を使う男。魔法使いの頂点。独特な魔法を使用していたが、未だに解明されていない。公式の発表では、死亡。
ネギは、日本行きの飛行機の中で何故この飛行機に乗る事になったのかを思い出していた。客観的に見て、ネギは座学では文句なしの天才だった。他の同年代、いや他の学生や教員と比べてもネギの才能は高かった。1を教えるだけで100を知って1000を自ら積極的に学び取る。授業では教える事が無い。しかし実習がずば抜けて良いというわけではないのだが……。
このままこの魔法学校に居ても周りは年上ばかりで、勉強は身についても友達が出来ない、それよりも早めに卒業させて修行の地で同年代の子供たちと関わらせたほうがいいという学校長の考えから飛び級で卒業することとなり、その際に決められた修行の地が、日本の麻帆良学園という場所だった。というのが、今日本に向かっている理由だった。
肝心の修行内容は『日本の学校の初等部を魔法生徒として無事に卒業する事』というもので、年齢からネギは4年生に転入する事となった。何故わざわざ日本を修行の地にしなければならないのかがよく分からないネギであったが、日本には色々とナギ・スプリングフィールドの知り合いが居ると聞いて嬉々として向かう事を決めたのだった。
「それにしても、友達か……」
飛行機を降りて電車に乗ったネギは、うつらうつらと考え事をしていた。「友達をたくさん作ってきなさい」と学校長は言っていた。
友達といわれて真っ先に思い出したのは、真っ白い記憶。雪原にポツリと立つネギと少年。少年の髪も周りの景色と同じくらい真っ白でとても幻想的な光景となっていたのを覚えている。少年は自分のことを『フェイト』と名乗っていた。フェイトはネギに向かって突然「友達にならないか」と言ってネギを混乱させていた。そこまで思い出したネギはそのままふと眠りに落ちていった。
少年の周りに浮かぶ小さな石ころ。真っ赤な光景。倒れる人々。来ない父親。魔法。出血多量。未来の自分。崩れる少年。断片的な記憶。浮上していく意識。目覚めたときには夢の内容などまるで覚えていない。ネギはこの感覚が嫌いだった。とても怖い夢を見た、という事だけが残り内容が思い出せない気持悪さ。夢を見た後は毎回のように、夢を見たことすら綺麗さっぱり忘れられたらいいのにと思ってしまう。
と、そこで何時の間にか自分の周りに女性しか居ない事に気が付いた。寝過ごしてしまったらしい。しまった、とネギは自分の行動に後悔した。ここにはネギの知り合いなんて一人しか居ないのに、その人がどこに居るのかも分からないのに、こんな迷子になるなんて、大失態だ。
とりあえず次の駅で降りたネギは誰かに聞こうとしたが、皆全速力で走っていてとても道を聞ける雰囲気などではない。誰に聞くべきか迷っていると、後ろから大声で「高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生高畑先生わん!」と聞こえてきた。大声で何を叫んでいるのだろうかと思ったが、聞こえてきたのがここでの唯一の知り合いの名前だったので、藁にも縋る思いでその人物の方へむかった。
「あの……すいません。タカミチを知っていらっしゃいますか?」若干丁寧すぎるかもしれないが、ネギの日本語はほぼ完璧のはずだったので、彼女が驚いている理由はこんな女子ばかりのところに自分のような男子が居る事かな、と考えていたネギに向かって。
「あんた、何? 突然。高畑先生に何か用?初等部はこっちじゃないわよ。今は用事があるから案内できないけど」と、突然好きな人の下の名前を呼び捨てにした少年に驚いていた少女は答えた。
少女の名前は神楽坂明日菜。新任の先生を学園長の孫娘である近衛木乃香と共に迎えに行く事になっていたのだが、その間に木之香と占いをしていたときにネギと遭遇したという状況だった。
アスナとネギの間でニコニコ微笑む木之香という少し間抜けな光景に向かって声を掛けたのは、話題の中心の高畑・T・タカミチだった。
「やあ、ネギ君、ここに居たのか。迎えの人が電車から降りてこなかったって心配していたよ?」
「あ、タカミチ!ごめん寝過ごしちゃって……」
「そうかなるほど、無事でよかった。じゃあ初等部まで連れて行くから、着いてきてもらえるかい?」
「わかった!」
「よし、じゃあ行こうか。それじゃあ二人とも、先生の事をよろしく頼むよ」
「はい!わかりました!」とても良い笑顔でアスナは答えた。
アスナの笑顔の見送り(主にタカミチに対して)を背中に、タカミチとネギは初等部へと向かっていった。
「そういえば、さっき新任の先生って言ってたけど、こんな時期に先生って来るんだね」ネギはタカミチに聞いた。
「そうだね。正確には教育実習生らしいけどね」
「ん?教育実習生?」ネギがまだ覚えていない単語だった。(ネギは日本語で日常会話はこなせるが、単語全てを覚えているわけではないので、意味の分からないものは多い)
「ああ、先生見習いみたいなものかな。将来先生になる先生の卵」
「なるほど」
「さて、魔法生徒としてと修行内容には書かれていたと思うけれど、その辺についてはここでの生活に慣れてから僕から話すから、それまでは普通の小学生として生活していてくれるかい?」
「うん、わかった。少し緊張してる……かな」
「大丈夫、みんな良い子さ」タカミチは微笑んだ。
「そっか、楽しみだなあ」ネギも微笑んだ。二人は初等部に着くまで世間話をしながら歩いた。
たどり着いた教室の前でネギが立っていると、中から先生の呼ぶ声がしたのでゆっくりと入っていく。
「イギリスから来ました。ネギ・スプリングフィールドといいます。日本にはまだまだ不慣れですが、よろしくお願いします!」そうしてネギの小学生生活が始まった。
背中には長い杖、腰にはホルスター状のベルト、ホルスターにはカッターナイフが入れられている。そんな格好が標準な少年、ネギ・スプリングフィールドがこの物語の主人公。
職業は魔法使い見習い兼小学生。学校で習った得意な魔法の属性は、風とかだったのだが、父から渡された魔法のパターンは『水』だったことを常々不思議に思っているネギだった。