今週の本棚

文字サイズ変更
はてなブックマークに登録
Yahoo!ブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

今週の本棚・本と人:『海底八幡宮』 著者・笙野頼子さん

笙野頼子さん=荒牧万佐行撮影
笙野頼子さん=荒牧万佐行撮影

 (河出書房新社・1890円)

 ◇終わりにして始まりの物語

 「電車の終点まで来たら空港だったような」。一つの到達点であり、新しい旅路の起点となる長編小説である。

 『金毘羅(こんぴら)』『萌神分魂譜(もえがみぶんこんふ)』に続く、金毘羅3部作の完結編。第1作で深海生物「金毘羅」であることを自覚した<私>(=著者)は、神話の時代よりも古い霊「亜知海(あちめ)」と出会う。亜知海は海底で光を放つ死者たちの王。「不当に消された人たちの、草分け、兄貴的な存在です」と説明した。

 <私>は亜知海と対話しながら、身の回りに起こる数々の理不尽な出来事、社会での生きにくさの根源を追究する。高齢の猫の発作や文壇での論争……。自身の私小説的な日常が交錯し、現代と太古の昔が切り結ばれる。

 「家の猫がもう寿命で助からないと言われていたころ、陰険な制約を受けながらも頑張る必要があった。この世の理を求め歴史を振り返り、想像を尽くして、彼を描きました」

 ドゥルーズ/ガタリが、『千のプラトー』で示した「捕獲装置」という概念。国家による支配の力学を「捕獲」ととらえたこの考え方には、共感、通底するものがあった。それは、国家や社会通念に捕獲される自らの境遇に目を向けることでもあった。

 「権力とは何か、勝手に物事をゼロにする力。だけど俗世間の私、小さな猫、そんななかにこそ宿る濃い本質がある。『千のプラトー』より前に、大乗仏教の華厳経などでもいわれているそうです。しかし、小さくてオリジナルなものは、すべて隠され簒奪(さんだつ)されがちで」

 老猫2匹と暮らす小さな日常は、ドゥルーズから神話、国家の成立にまで、大きなうねりとなってつながっていく。3部作の完結であるが、「原始八幡シリーズ」の始まりの作品でもある。デビュー28年。「人力で掘って、ある日最後の鉱脈に当たった。ようやく私の課題が始まる」と力を込めた。生涯のテーマを掘り当てた著者の、充実ぶりが伝わってくる。<文・棚部秀行/写真・荒牧万佐行>

毎日新聞 2009年11月29日 東京朝刊

PR情報

11月29日今週の本棚:村上陽一郎・評 『ヤシガラ椀の外へ』=B・アンダーソン著写真付き記事
今週の本棚:渡辺保・評 『新参者』=東野圭吾・著写真付き記事
今週の本棚:養老孟司・評 『ホソカタムシの誘惑』=青木淳一・著写真付き記事
今週の本棚:田中優子・評 『検証 秋田「連続」…』=北羽新報社編集局報道部・編写真付き記事
今週の本棚・本と人:『海底八幡宮』 著者・笙野頼子さん写真付き記事
今週の本棚・新刊:『京の花街ものがたり』=加藤政洋・著
今週の本棚・新刊:『革命…』=マリー前村ウルタード、エクトル・ソラーレス前村、著
今週の本棚・新刊:『藤田嗣治 手しごとの家』=林洋子・著
今週の本棚・新刊:『岩盤を穿つ』=湯浅誠・著
今週の本棚・情報:米国が抱える「環境問題」
今週の本棚・新刊:『手話の世界を訪ねよう』=亀井伸孝・著
今週の本棚・新刊:『ファッションビジネスの魔力』=太田伸之・著
今週の本棚・情報:黒澤明監督、活動の全記録
今週の本棚・今週の執筆者:縄田一男さんほか
11月22日今週の本棚:堀江敏幸・評 『仮面の女と愛の輪廻』=虫明亜呂無・著写真付き記事
今週の本棚・本と人:『ニサッタ、ニサッタ』 著者・乃南アサさん写真付き記事
今週の本棚:森谷正規・評 『国際協力の現場から見たアジアと日本』=久保田誠一・著写真付き記事
今週の本棚:山内昌之・評 『北畠親房 大日本は神国なり』=岡野友彦・著写真付き記事

今週の本棚 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報

注目ブランド