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社説

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ビラ配り有罪―合点いかぬ最高裁判決

 「チラシ・パンフレット等広告の投函(とうかん)は固く禁じます」。こんな張り紙のあるマンションの共用部分に入り、政治的なビラを配ることが、これほど罰せられなければならないのだろうか。

 そうした行為が摘発され、起訴された裁判で、またも最高裁が有罪の結論を出した。

 住居侵入罪で罰金5万円の刑が確定するのは、62歳の住職荒川庸生さんだ。5年前、東京都葛飾区のオートロックのないマンションに玄関から入り、各戸のドアポストに共産党の区議団だよりなどを入れて回った。住民に見とがめられ通報、逮捕された。

 一審は「こうした行為が住居侵入罪になることは社会通念になっていない」と無罪を言い渡した。二審の東京高裁が逆転有罪としたため、荒川さんは「憲法が保障する表現の自由に反する」と上告した。

 これに対し、最高裁は「表現の自由といえども、その手段が他人の権利を不当に害するものは許されない。管理組合の管理権だけでなく、私生活の平穏も侵害するのだから、罪に問われても違憲とはならない」と退けた。

 宅配ピザなど、商用チラシの同じような配布は珍しくない。判決は政治ビラに的を絞った強引な摘発を追認したといわれても仕方がない。

 表現の自由は政治的立場の違いを超えて、民主主義の根幹である。警察や検察の取り締まりは、極めて抑制的であるべきだ。

 ところが、荒川さんは23日間も拘束された。自衛隊の官舎で「イラクへの自衛隊派遣反対」のビラを配って、昨年有罪が確定した人にいたっては、逮捕から2カ月余りも拘束された。

 見知らぬ人が集合住宅の共用部分に勝手に出入りすることに抵抗感を覚える人は少なくない。犯罪の不安もある。だからといって、ビラを配っている人を逮捕して刑事罰を求めるというのは乱暴すぎる。たいていは住民と話し合えば解決する問題だろう。

 罪が成立するかの判断にあたって最高裁は、(1)荒川さんがマンション管理組合の意思に反して入った(2)玄関ドアを開けて7階から3階までの廊下に立ち入った、という点を重視した。

 ビラを配る側からすると、住民や管理人に承諾を得る機会がないとき、玄関の近くにある集合ポストにビラを入れることさえ、逮捕の対象になるのだろうか。こうした疑問への答えは判決からは見いだせない。

 強引な捜査とあいまいな司法判断は、自由な政治活動が萎縮(いしゅく)する、息苦しい社会を招きかねない。

 基本的人権にかかわる重要テーマについて最高裁は、小法廷でなく大法廷で、民主主義の大原則と社会環境の変化の双方に応える明確な憲法判断を示すべきだった。

環境税―鳩山首相が決断する時だ

 温室効果ガスの排出抑制に有効であるとして、環境省が「地球温暖化対策税」を打ち出した。鳩山由紀夫首相は来年4月からの導入に向け、政府全体を引っ張るべきだ。

 この新税をいつから導入するのか、鳩山首相はなお明言せず、政府としての意思決定が遅れている。負担すべき理由や、肝心の効果について、納得いく説明とともに早急に国民に示すことが必要だ。

 環境省の案は、ガソリンや軽油などに上乗せされてきた暫定税率(税収額2.5兆円)を廃止し、ガソリンなどすべての化石燃料に温暖化対策税をかけるという案だ。この環境税で国庫に入る税収は2兆円と見込まれる。

 この新税の考え方や方向性は基本的に正しい。だが、閣内で調整すべき点を抱えている。

 暫定税率廃止で地方の税収に8千億円の穴があくのをどうするか。石炭や天然ガスへの増税は産業界の負担になり、電力料金の値上げと家計負担増も避けられない。それでも意義があることを、国民にどう説明するか。

 環境省案がガソリン減税を想定していることも論点だ。ガソリンに温暖化対策税をかけても暫定税率廃止による減税幅の方が大きく、1リットル当たり差し引き5円の減税になる。このため、車を持っていない世帯の負担増が、より大きくなる仕組みだ。

 環境省案に対しては、国の税収減を避けたい財務省、地方の財源問題を危惧(きぐ)する総務省、産業界への影響を心配する経済産業省が、それぞれの立場から修正を求めている。

 各省の大臣と副大臣、政務官の政務三役が調整に乗り出したが、調整は難航している。これは、鳩山首相の判断が示されていないことも原因ではなかろうか。

 民主党にはもともと、来夏の参院選への思惑があるとされる。来年4月に暫定税率廃止による減税を先行させ、ガソリンの値下げを国民に実感してもらう。温暖化対策税の導入による増税は選挙後に実施すればいい、という選挙優先の考え方である。

 だが、暫定税率廃止だけ実施したのではガソリン消費が増え、温室効果ガスを増やしてしまう。税収は減り、その分だけ財政赤字も増える。これでは国民の批判を浴びる。

 暫定税率の廃止は、温暖化対策税の導入と同時に実施するのが筋である。

 ガソリンなどの減税を盛った政権公約も政治的には重いが、一方で温暖化対策は世界への公約である。ここは首相の牽引(けんいん)力が必要だ。多くの国民の納得がいく温暖化対策税に仕上げるために、自ら方針を決め、リーダーシップを発揮する時だ。

 来年度税制改正の方針を決める今月中旬まで、もう時間はない。

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