「なにが嫌いだったんですか?」
「味噌汁ですね。保育園の七夕の短冊に『おみそしるをすきになれますように』って書いてあったんですよ。わたしがたぶん怒ったからだと思うんですけど……」
おぼえたての平仮名で短冊に願いを書く小さなてのひら……
「あぁ、好きなもの……娘はブランコが好きでしたね……公園に行けばかならず『ブランコ押して』って……」
彼女は、また口を噤んだ。そして、自分の表情を閉ざそうと、顔に力を入れた。
「子どもと離れて三年……思い出すと辛いから……封じ込めてる部分があるんです……わたしが子どもにした酷いこと、嫌なことはすぐに思い出せるんですけど、楽しいことは……たぶん楽しかったこともたくさんあったとは思うんですけど、う~ん、思い出さないように努めているんですよ……やっぱり思い出すと、苦しくなるから……」
彼女は顔から表情を締め出すことに成功した。それ以外に、悲しんで苦しんでいる剥き出しの顔を隠す方法がなかったのだ。
彼女の顔は閉ざされた。
二〇〇六年、長女が九歳、長男が三歳のときに、夫は二度目の離婚調停を申し立てる。
切羽詰った彼女は二番目の姉に、離婚のことと、子どもへの虐待のことを相談する。「夏休みのあいだだけおいで」と言ってくれたので、彼女は「児相に預けたら、子どもをとられてしまうのではないか」という不安を感じながらも、児童相談所の一時保護施設に二人の子どもを預ける。
児相は、父親が「育てられない」と引き取りを拒否したことと、長女に抜毛癖があることから、母親から度重なる虐待を受けたことによって自傷行為をしていると判断し、養護施設への入所を決定する。
「抜毛癖」という言葉が、わたしの心に漣を立てた。
わたしは、気になっていたことを訊ねてみた。
「髪を抜く癖、ありますよね?」
「え? わたしですか? 髪を抜くのは、娘なんですけど……」
彼女は困惑の目でわたしを見ると、ペンギン柄のワンピースの腿のあたりに揃えた両手に目を落とした。
彼女は話している最中、自分の髪の毛を引き抜いていたのだ。
わたしにも「抜毛癖」がある。