岩見隆夫のコラム

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サンデー時評:「ヒトラー呼ばわり」をめぐって

 前任者の麻生太郎さんにくらべると、鳩山由紀夫首相は失言、放言がほとんどない。麻生さんが多すぎたからでもあるが、鳩山さんは国会答弁などを割合器用にこなしている。

 戦後の歴代首相のなかで、国会論議の想定問答を事前に用意する官僚たちが、

「任せていても安心だ」

 と答弁能力を買っていたのは、岸信介、福田康夫、宮沢喜一の三人だった。三人とも、上手というよりはソツがない。高級官僚出身で頭脳明晰、言葉じりをつかまえられることがなかった。

 その点、鳩山さんもソツのなさはあるが、最近は発言にぶれがみられる。失言とまでは言えないにしても、気になる言い回しが時折ある。そのひとつ、衆院本会議の論戦で、自民党の谷垣禎一総裁が財政再建問題をただしたのに対し、

「あなた方に言われたくない」

 と反駁したのは、不評だった。このあとの衆院予算委員会で自民党の加藤紘一元幹事長が、

「首相があんなことを言ってはいけない。野党ボケだ」

 とたしなめると、鳩山さんは、

「つい反射的に出た。谷垣さんに不信感を与えたのは遺憾だ」

 と答えた。謝るのも早い。

 ところで、谷垣さんにも尾を引いている発言がある。鳩山さんの初の所信表明演説(十月二十六日)の直後、本会議場での若い民主党議員たちの反応について、

「ヒトラー・ユーゲントがヒトラーの演説に賛成しているような印象を受けた」

 と批評したのだ。日ごろ温厚な谷垣さんにしては、思い切った発言だなあと私も驚いた。

 確かに、民主党席の前方に陣取る新人議員百数十人の振る舞いはだれの目にも異常に映った。鳩山さんがワン・センテンス言い終わるたび、いっせいに拍手の渦、

「そうだっ」

 と唱和し、終了時にはスタンディング・オベーションまで演じたのだ。この仕掛け人は二列目に座っていた新人の斉藤進さん(静岡八区・三十八歳)で、

「だれに指示されたわけでもなく、(鳩山演説の)自殺で息子を亡くしたお年寄りのくだりに感極まって思わず立ち上がった」

 とインタビューで述べていたが、そうなのだろう。別におかしい行動ではないが、斉藤さんにほかの新人たちがこぞって同調したのは国会では見慣れない異様な風景だった。

 さて、谷垣さんが比喩に持ち出したヒトラー・ユーゲントは、ナチス(国家社会主義労働者党の通称。ファシズムの代名詞になっている)の青少年団のことだ。一九二六(大正十五)年、ヒトラーがナチスによるドイツ支配を徹底させるために組織した。十年後、すべての青少年に加入が義務づけられたという。

 教養人として定評のある谷垣さんの目に、民主党新人の行動とヒトラー・ユーゲントの狂信的なイメージが二重写しになったのだ。刺激的な批評というだけでなく、二人の党首にかかわることだから、見過ごしにできないものを感じる。

 ◇民主党批判の谷垣発言 念頭には剛腕・小沢氏

 やはり反論がでた。谷垣発言に対して、東京都八王子市在住のドイツ人大学院生、シュテファン・ゼーベルさん(三十三歳)が、『毎日新聞』の投書欄(十一月十六日付)で、

〈ドイツ人として、このようにドイツのナチ時代が、相手を誹謗中傷するために利用されるのは非常に軽率だと思い、個人的に不快感を抱いた〉

 と異を唱えたが、その気持ちはわかる。問題は次のゼーベルさんの主張だ。

〈民主党政権とナチス政権の一体どこに共通点があるのか。自民党は、民主党に政権交代した途端、日本が再びナチスのように侵略戦争を起こし、何百万人もの死者を出すと本気で考えているのだろうか。

 むしろ、私自身はいまの民主党政権について正反対の印象を受けている。ようやく市民主体の生き生きとした民主主義の時代が始まった……〉

 これはゼーベルさんの過剰反応である。谷垣さんは民主党をナチスと同一視したのではない。いわんや鳩山さんをヒトラーみたいと批判したわけでもない。

 新人議員たちの付和雷同的な集団行動が、ヒトラー・ユーゲントをほうふつさせる、と言っただけなのだが、それなら比喩の仕方がおかしい、という批判はまぬがれない。なぜなら、谷垣発言を、そのまま聞けば、

「ヒトラーの演説に……」

 と鳩山さんとヒトラーを重ねていると受け取られかねない言い回しになっているからだ。

 では、谷垣さんの意識のなかに、〈ヒトラー〉がまったくなかったかといえば、だれもが、あの発言を聴いた瞬間に、

「あ、鳩山さんでなく、小沢さん(一郎・民主党幹事長)を念頭に置いているな」

 と感じたはずである。

 鳩山政権が発足してから二カ月あまりが過ぎたが、新聞報道のなかには、

〈民主党の最高実力者、小沢一郎幹事長は……〉

 という表現がみられだした。かつて中国のトウ小平にも同じ言葉が用いられたが、いまや小沢さんが民主党の頂点に君臨しているとみられている。

 しかも、小沢さんによる党内統治、国会改革などの政治手法について、自民党首脳は、

「上意下達、中央統制、国家社会主義的な政治で、自民党が闘うべき対象だ」

 と警戒し、谷垣さんも似たような批判をした。国家社会主義はまさにナチスが掲げた政治思想で、自民党は小沢さんをヒトラー的リーダーとみ始めていることがわかる。そういう背景があったからこそ、谷垣さんは思わず口走ったのだろう。

 民主党は当然、ヒトラー呼ばわりは見当違いの誹謗と反発する。大勝・民主党と大敗・自民党の対立は、意外な展開をみせることになりそうだ。ことは民主主義の質にかかわる。しっかり議論を深めてもらいたい。

<今週のひと言>

 普天間移設は沖縄県外を探せ。

(サンデー毎日 2009年12月6日号)

2009年11月25日

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞東京本社編集局顧問(政治担当)1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 

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