髪を洗っている最中に悪寒がし、風呂からあがって熱を測ったら、三十八度二分もあった。
咳と鼻水もひどいので、ひとりでベッドの部屋で眠ることにした。
横になると、自分のからだに違和感をおぼえた。
ぴんと張り詰め、人型の枠に嵌められているような――、自分に馴染めていないような――、窮屈で息苦しい感じがした。
顔も、嫌だった。
ヘルメットのように頭部ごとはずして、どこか目につかないところに隠してしまいたかった。
死にたい、と思った。
その思いの強さに、怖くなって、呼吸が浅くも深くもならないように、主の祈りを唱える(ただし、祈りの言葉抜きで)リズムで一定の呼吸をくりかえしたが、恐怖は去っていかなかった。
午前三時過ぎ、わたしはベッドから起きあがり、明日も東京で取材だというのに、台所で強い睡眠薬を飲んで、ベッドに戻った。
数分で、眠ることができた。
いままで、睡眠薬を飲んで、夢をみたことはない。
だが、その夜は、夢をみた。
わたしは、ベッドに横になっていた。
現実のままの部屋、現実のままのベッド、現実のままのわたし――。
ベッドの脇にはだれかが立っていた。
黙って、わたしを見下ろしている。
姿は見えない。
声も聞こえない。
でも、男だということは判る。
黒い服を着た男――。
金縛りに遭っていて、体も顔も、目さえも動かすことができなかった。
わたしは天井を見たまま、泣いていた。
泣きながら、男に訊ねつづけた。
「わたしは、あと五ヵ月で、ほんとうに死ぬんですか? 助かる方法はないんですか? 五ヵ月しかないんじゃ、書こうと思っていた小説を書きあげることができません。せめて、書きかけの小説を書きあげるまで待ってもらえませんか? あぁ、息子に、タケに、五ヵ月後にママがいなくなるってことを、どういう風に伝えればいいんですか?」
男は、なにも答えてくれなかった。
男は、だれだったのだろうか?
死神?
父?
了