かなえの殺人レシピ(7)
「介護やります」と徹底奉仕の末にー安藤建三さん焼死事件
今年5月15日千葉県野田市内の一戸建て自宅が焼失し、焼け跡から安藤建三さん(当時80)が焼死体で発見されました。安藤さんは一人息子(36)と一緒に住んでいました。その子息氏の証言によりますとー
「火災当日、僕は8時前に家を出ました。その日は部屋の模様替えをする予定だったので、父は9時には起きていたはずです。木嶋は業者が帰った後に来たのでしょうか…。昼頃、職場にいた僕のもとに火災だと通報が入りました。車を飛ばして駆けつけましたが、もう屋根が落ちていた。父は辛うじて人の形をしていましたが、無残な姿で表情などは分かりませんでした」。
また子息氏は、「父はヘビースモーカーで、タバコの灰を部屋中に落とすような人です。“タバコの火の不始末が原因でしょう”ということで、一旦は落ち着きました」と言っています。
現場検証した当初、そう判断したのは千葉県警です。しかしその後の捜査の結果、安藤さんの遺体のすぐ側に練炭が燃やされた七輪があったこと、司法解剖の結果遺体から睡眠導入剤の成分が検出されたなどの不審な点から、千葉県警は「事件の可能性あり」として極秘捜査を開始することになったのです。
なお安藤さんは、糖尿病のクスリを服用していた程度で、睡眠剤は飲んでいませんでしたし、練炭を使うこともありませんでした。
実は、事件の翌朝子息氏の携帯に佳苗から電話があったのです。「“お父さんの携帯がつながらないんですけど、どうされましたか?昨日伺ったんですけど”と連絡がありました。火事のことを告げると絶句していた。“当日いらしていたのなら、県警の方にお名前と連絡先を教えることになりますが、報告してもいいですか?”と言うと、特にためらうこともなく“別にいいですよ”ということでした」といったやりとりだったようです。
そもそも安藤建三さんが木嶋佳苗と知り合ったのは、出会系サイトを通じてです。焼け跡から見つかった安藤さんのパソコンを解析したところ、ネット上で佳苗が安藤さんに最初に接触した時のものと思われるデータが出てきました。
妻を10年以上前に亡くしてから安藤さんはネットにはまり、これまでパソコンを5台も買い換えたそうです。
子息氏が、父の件で市に介護保険を申請すべきかどうか悩んでいた矢先の昨年10月、安藤さんから「木嶋さんという女性にボランティアで手伝ってもらっている」と説明を受けたそうです。安藤建三さんは「介護やります」といったことが書かれた、ネット上の佳苗の出会い系掲示板を見つけたのです。月に何度か安藤さんの方から「きょうは来てくれないか?」と連絡していたようです。
なお子息氏は電話の声だけで、佳苗を見たことは一度もなかったそうです。それもそのはずで、佳苗は子息氏の不在時にしか安藤さん宅を訪問していなかったのです。
ところでネット掲示板には、上記紹介文と共に“顔写真”も添付されていました。その写真は佳苗の本物の写真をパソコンで加工したもので、けっこう美人に写っているといいます。ところが実際会ってみると、写真とは似ても似つかない佳苗がやってくるわけです。大抵の男は写真と実物の違いにがっかりしたはずです。
にも関わらず、その後被害者男性たちは佳苗との「深い関係」にはまり込んでいきます。なぜなのでしょう?
佳苗に金を騙し取られた結婚詐欺被害者からの聴取で分かったことは、佳苗はまず徹底的に“男に尽くす”らしいのです。
言いなりに何でもやってくれるので、気分が悪かろうはずがありません。特に安藤さんのような老人には、「介護やります」の言葉どおり、下の世話から何から何まで全部やってあげる。そうした「徹底奉仕」によって、男を骨抜きにしてしまうのだそうです。
佳苗の凄まじいところはそれのみにとどまりません。男の「性的な要望」にも全面的に応えていたというのです。とにかく割り切り方は中途半端なものではなかったようです。既に見てきたように、佳苗は男を騙す際は「吉川桜」の偽名を使っていましたが、その時は本当に「吉川桜という別人格」になり切ったのでは?と思われるほどの割り切り方だったそうです。『本シリーズ(5)』で、「木嶋佳苗は多重人格者だ」という現捜査関係者のぼやきを紹介しましたが、それがここでも裏付けられたかっこうです。(安藤さんのケースでは最初は「吉川桜」で、途中から本名を名乗ったのでしょうか?)
ともかく。その後の千葉県警の捜査により、銀行の防犯カメラの解析の結果、火災当日安藤さんのキャッシュカードを持ち出し、ATMから現金180万円を引き出している佳苗の姿が映し出されていることが判明しました。そのため千葉県警は内偵を続け、7月には近隣住民に佳苗の写真を見せ、目撃証言を集めていたといいます。
捜査情報通によりますと、この件では「詐欺もしくは窃盗で決着の可能性」があるようです。自宅火災により証拠は残っておらず、福山定男さん、寺田隆夫さん同様殺人罪での立件は難航必至と見られています。
なお安藤建三さんは、画家の安藤義茂(1967年、79歳で没)の次男でした。義重画伯は、1940年代塗り重ねた水彩絵の具を刀で削る「刀画(とうが)」の技法を確立した画家のようです。現在作品の多くは、故郷の愛媛県北条市の「北条ふるさと館」に寄贈されているとのこと。
ただ残された絵の何点かは、次男だった建三氏が遺産として受け取っていた可能性があります。それを火災の際佳苗は持ち出したのです。というのも、逮捕時まで同居していた千葉県内の40代男性マンションを家宅捜索の際、運び込んだ生活用品と共に同画伯の絵3点が発見されたからです。
佳苗は同居男性に、「安藤さんに300万円貸しており、その代わりとして受け取った絵なの。一部は生活のために売却したのよ」と説明していたそうです。
ところで、安藤さん焼死事件では「異様な殺意が見られる」と指摘する専門家もいます。というのも、室内に練炭は置かれていたものの、死因が焼死だったからです。「練炭偽装自殺」だけに終わらせず、なぜ佳苗は火までつけたのか?証拠隠滅のためとも考えられますが、「もっと奥深い情念があったのではないか」と言うのです。ある心理学博士は以下のように続けます。
「考えられるのは感情と感情の争い。犯人は(例によって“徹底奉仕”の)報酬としてしかるべき(かなり高額の)お金を要求したが、安藤さんはそれを拒絶。その上、“お前の正体は分かっている”などと罵倒した。その言葉に犯人のプライドは傷つけられ、より強烈な殺意を抱いた。だから家に火をつけて焼死に追い込んだのでしょう。一種の情動殺人です」。
自身のブログ『かなえキッチン』で、5月15日当日のことを「サスペンスドラマのような一日でした」と悪ノリ記述をしていたそうです。 (以下次回につづく)
(注記) 本記事は、11月12日号「週刊文春」「週刊新潮」11月5日付け「日刊ゲンダイ」などを参考にまとめました。
(大場光太郎・記)
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