◆秘書給与詐取の元衆院議員が指摘
山本譲司という名を記憶しておられるだろうか? 民主党衆院議員だったが、政策秘書の給与を詐取したとして、2000年9月、東京地検に逮捕・起訴された。議員辞職を余儀なくされたうえ、懲役1年6カ月の実刑判決が確定、じっさいに1年2カ月の刑務所暮らしをしたという。
刑務所暮らしの中で気付いたことの1つが、福祉の恩恵を受けられず、生きるために盗みや無銭飲食などの罪を繰り返してしまう障害者たちが多いこと。山本は、彼らを集めた「寮内工場」の指導補助として、排泄まで面倒をみた。
その人たちの生活と犯罪の記録を綴った著書
「累犯障害者――獄の中の不条理」を06年9月、出版した。
◆「刑務所がいちばん暮らしやすい」
私自身、累犯障害者の存在を、この本で初めて知らされた。本の中では、以下のようなことがレポートされている。
「これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかった。こんな恵まれた生活は、生まれて以来、初めてだよ」と言う人がいる。メンドクサイ手続きが必要な「福祉」の世界に入っていくより、万引や無銭飲食で刑務所に入った方がずっと簡単だ、という判断に陥る人が多いのである。
裁判の仕組みも、調書をとられるということの意味も分からない人たちが大半だ。警察官(刑事)や検事から「こうなんだろう」と高圧的に言われると拒否できず、調書に拇印を押してしまう。だから冤罪事件も起きている。
暴力団とつながりのある人物が、障害者と養子縁組をする。3、4歳しか年長でない義父が突如登場する。福祉行政の制度によって給付される金が、その義父の口座に振り込まれるケースもある……。
◆年間7,000人の新規受刑者
詳しいことは「累犯障害者」でお読みいただきたいが、法務省統計でも、毎年、新受刑者の2割程度、約7,000人に知的障害があるとされているという。誰も「福祉最優先」を否定しようとしないこの国で、どうして累犯障害者の問題が放置されているのか、不思議な気がする。
◆JR下関駅を全焼させた放火犯も
新聞記事データベースで、累犯障害者についてデータ集めをしたところ、2006年1月に起きたJR下関駅を全焼した火災が累犯障害者による放火事件だということがわかった。犯人Aは当時74歳だったから高齢累犯障害者ということになるだろう。
この火災は午前2時ごろ、山口県下関市竹崎町4、JR下関駅横のJR所有のプレハブ平屋倉庫付近から出火。隣接する木造一部2階建ての駅舎や運転士が宿泊する鉄筋4階建ての乗務員センター、周辺の飲食店3棟に延焼し、倉庫と駅舎部分を全焼するなど計約4,000平方メートルを焼き、約3時間後に鎮火した。
下関駅は関門トンネル開通を記念して1942年建造されたという(何と筆者と同年生まれである)。戦時中なので木造で、資材も節約した簡素な建物だが、三角屋根が特徴で、下関市のシンボル的存在だったという。裁判での検察側陳述によると損害は約5億2,600万円とされている。
◆刑務所出所から1週間
犯人のAは、その前年12月30日、福岡県内の刑務所を出所した。そのとき、所内での労働で得た20万円を持っていたが、ホテルに寝泊まりしたりしてほぼ1週間で使い果たし、逮捕時には98円しか持っていなかった。
ジャンパー姿で小さな袋を持っているだけのAは1月6日夕、北九州市小倉北区役所に現れた。所内にある福祉事務所の保護2課窓口で「(出身地の)京都に帰りたいが、お金がなくなった」と告げた。
職員は話を聞いた後、市の「行旅困窮者旅費」の取り決めに従い、隣接する自治体の役所までの交通費として、JR西小倉駅から下関駅までの回数券1枚と、下関駅から下関市役所までのバス賃190円を手渡した。
Aはこの回数券で電車に乗ったとみられ、6日午後7時ごろ下関駅に降り立った。翌7日午前1時50分ごろ、駅舎の倉庫の板壁に接して置かれた段ボール箱の中に火をつけた紙を投げ入れたとされる。県警の調べには「刑務所に戻りたかった」と動機を話した。
◆動機は「刑務所に戻りたかった」
Aは6日午後11時40分ごろ、駅構内をうろついているところをパトロール中の下関署員に見つかり、職務質問を受けていた。火災後、駅付近を捜索中の署員が駅から約350m離れた駐車場で再び同容疑者を見つけ、任意同行を求め、事情を聞いた。すぐに犯行を認めたので逮捕した。犯行の動機については「刑務所に戻りたかった」と話したという。
◆放火ばかりで10回服役
Aは22歳の時に放火で初めて逮捕された。以後放火ばかりで10回服役したが、過去の裁判で「軽度の知的障害がある」とされたことがあるという。
Aの場合、万引(窃盗)や無銭飲食(詐欺)などほかの犯罪はしない。知的障害者の場合、何故か一つの犯罪だけを重ねるケースが多いという。おそらく最初の犯罪によって、終着駅は刑務所暮らしとなる。それが「良い体験」だと考えるので、最初と同じ犯罪だけを繰り返すのだろうと推定されている。
端的に言えば放火も万引も無銭飲食も犯罪であるという一般化ができない。被害が大きくなる可能性のある放火は避けて、無銭飲食にしよう、などという「知恵」は働かないのである。
◆罪状認否も発言できず
現住建造物放火で起訴されたAの裁判(山口地裁)は、06年9月25日が初公判。罪状認否となってもAは何も言わず、裁判長から「何も答えたくないのか」と問われて、「うん」とうなずいただけだったという。おそらく裁判の意味すら理解できていないことを示す行動だが、大半の新聞は、「被告、罪状認否答えず」などの見出しを掲げ、「ふてぶてしい居直りの姿勢」といった印象を与える紙面づくりだった。
◆懲役10年が確定
この裁判でもAの責任能力は問題になり、精神鑑定が2度行われた。2人の医師とも「軽度の精神遅滞は認められるが、犯行時も現在も善悪の判断や行動の制御能力はほぼ保たれていた」という趣旨の判断を示したという。
08年3月16日の判決公判では、懲役10年(求刑同18年)が言い渡された。Aは控訴せず、検察側も控訴を見送ったため判決は確定した。
累犯障害者の問題を放置し続けたことによって、下関駅全焼という社会的な大損失まで起こしてしまった。
◆隣町に行かせるのが常識?
北九州市の職員の対応など、ひどい話だろう。JR西小倉駅から下関駅までの回数券1枚と、下関駅から下関市役所までのバス賃190円を手渡したのは「とにかく隣の下関に行け」と指示したのと同じことだ。Aは指示どおり下関に行った。市役所まで行っても、北九州市の対応と同じことにしかならないから、駅で放火した。Aのことを、応対した職員が知りつくしていたと考えることはできないが、こうした展開もありうることは当然、予測できたに違いない。
この対応を問題にした新聞記事の中で北九州市福祉事務所保護2課は「生活保護申請の相談はなかった。京都へ帰りたいという要望に対し、出来うる対応をした」と語ったとされている。
また
<北九州市の大嶋明・保護課長は「市内でホームレスの状態であれば対応するが、よそに行きたいという人にどこまで対応するのか。私たちは法に基づいて行動している。それ以上は政治や国が動いてもらわないと」と話す。>という文章もある。
下関市が北九州市に「抗議」などの意思表示をしたといった事実もなかったようだ。ということは、北九州市の対応は、市町村の福祉部門としては「常識」だったのかもしれない。
それなのに、この問題をなんとかしようという姿勢は、メディアには感じられない。
◆気迫に欠ける読売、朝日の問題提起
読売は今年1月8、9両日の夕刊に連載した「最前線・障害者支援(上下2回)」の下で、「知的障害者の再犯防止」を取り上げていた。朝日は阪神支局襲撃事件をきっかけに始めた<「みる・きく・はなす」はいま>シリーズで、今年5月5日第2社会面に掲載した「誤認逮捕」が、累犯障害者の問題である。
しかし残念ながら双方とも、この問題について政治・行政のきちんとした対応を迫ろうという気迫を持つものではない。
◆夫殺害バラバラ事件では社説にするのに……
東京渋谷区で夫を殺したうえ、遺体をバラバラに切断して捨てた三橋歌織被告(33)の裁判で、被告の責任能力や精神鑑定の問題が注目を集めた。4月29日付だったが、社説のテーマとした新聞もある。
代表的なのは、
・朝日=刑事責任能力 裁判員に分かる鑑定を
・毎日=夫殺し判決 精神鑑定のあり方が問われる
・産経(主張)=
「夫殺害切断」判決 鑑定評価の難しさ宿題になどだ。
読売も同日付で、解説面に「解説スペシャル 渋谷・夫殺害に懲役15年 精神鑑定、評価難しく 裁判員制度へ課題」を掲載した。
ほとんど社会性のない、興味本位のテーマでこんな大騒ぎをしている。山本譲司のツメの垢でも煎じて飲め、と言いたい。