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【ネット】ネットを「観測装置」とする多面的な世論調査を始めるべき

2009年8月10日

  • 筆者 萩原雅之

 数年前、朝日新聞社の週刊誌「アエラ」に「ネットと世論調査」というテーマでインタビューを受けたことがある(2002年10月7日号)。ネットリサーチでも世論調査は可能ではないか、データを補正することで信頼性を確保できるのではないかなど、伝統的調査手法に頼らない世論把握の方法について提案を行った。当時は専門家から現実味がないと批判もされたが、国民意識を多面的に把握すべきという私の考えは現在も変わらない。

 新聞社や通信社、テレビ局などマスメディアによる世論調査が、ますます活況だ。調査に表れる内閣支持率や政党支持率はニュースに敏感に反応し、内閣の命運を握るほどの影響力を持つことが一因と言われる。だが本号の特集でも指摘されているように、固定電話網を調査インフラとして使うRDD法では、若者や勤め人、都会居住者の意見が反映されにくい。協力率も年々低下し、国民の意見の分布を正しく伝えているとは言いがたくなっている。

 今年6月、日経BP社のニュースサイトに東京都議選に関する「ニコニコ世論調査」の結果を伝える記事が出て読者を驚かせた。投票先は自民党が31%、民主党が12%と、通常の世論調査とはまったく別の結果が出ていた。この調査は、特定の時刻にニコニコ動画を見ている視聴者に一斉に質問を投げかける仕組みである。これを単なるお遊びとかたづけるのはたやすいが、自由にコンテンツを選ぶオンデマンドサービスでありながら、特定時間に一斉にアンケートをするのは非常に面白い発想だ。深夜には同時に数十万ユーザーが視聴していることもあり協力率は高い。少なくともRDDの電話調査が拾えないような若年層に質問が届けられたのは事実だろう。

 世論調査は、調査対象である1人あるいは1票を同じ重みで反映し、見えない声も顕在化させるための装置という側面がある。平日昼間に在宅している高齢者、残業に追われるサラリーマンなどの労働者、深夜にパソコンに向かう若年者などさまざまな生活形態がある以上、質問を投げかけるプラットフォームや時間帯が異なれば違う結果が出てくるのは当然だろう。

 現在は固定電話が主流でも、10年後はネットにつながったテレビやiPhone(アイフォーン)がそれに取って代わるかもしれない。パソコンや携帯電話で数千万人が利用するヤフージャパンへの訪問者から無作為抽出して投票意向や政党支持を尋ねれば、RDDとは異なった国民意識が表れるのではないかと思う。

◆流動的な世論の把握に適したネットによる調査

 政治・社会問題に対する国民意見の定量化、可視化に関しては、いくつかのソーシャルメディアにその萌芽を見ることができる。「ヤフーニュース」では主要な記事に関して、読者のコメント投稿とそのコメントへの賛否(「私もそう思う」・「私はそう思わない」)がリアルタイムで、定量的に示される。オンライン・ブックマークの「はてなブックマーク」でも、関心度の高いニュース記事やブログ記事が共有され、内容に対する反応やそのコメントに対する共感度が星の数で表される。

 これらに共通しているのは、あるイシュー(問題提起や現象)に対して、意見を書く人と、その意見を評価する人という2段階のプロセスを経ることによる意見分布の確認や世論集約が自然に行われている点だ。もともと世論とはこのようにして形成されてきたのだと思わせる優れた仕組みと言える。テレビニュースや新聞紙面がごく限られた人のインタビューやコメントを「町の声」という形で恣意的に提示するよりははるかに民主的な場ができあがっている。

 ヤフーにはまだ実験段階ながら、「みんなの政治」という議員や政策のレーティングシステムもある。アマゾンや価格コムのユーザーレビューで、ユーザーが商品を自ら評価し、その評価が公開され、他人と意見をシェアするという習慣が一般化したことは、消費者行動や企業の行動原理を大きく変えた。適切なプラットフォームが用意されれば、こうした評価を社会的に共有する動きの影響が、投票行動や政策評価、政党の支持や世論にも及ぶはずだ。また、ブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の日記などに書かれたクチコミを収集・分析するバズ分析も期待できる技術だろう。日本語の分析には課題も多く発展途上の技術だが、分析が比較的容易な英語圏ではすでに世論分布を定点観測するのにも使われている。

 マーケティングリサーチでは消費者のことを知るための方法は多種多様で、それらをまとめて市場調査と呼ぶ。有権者や国民の意識を知るための世論調査についても定義を拡大し、質問紙(asking)だけではなく、観察・傾聴(listening)などで測定されたデータも総合的に活用すべきである。

 たとえば、景気という漠然とした現象をとらえるのに用いられる指標には生産指数、在庫指数、日銀短観、街角景気などさまざまなものがあり、手法も統計や質問紙など多様だ。われわれ調査会社は総合的に状況を判断し、目的に応じて詳細な調査データを活用している。あるいは、緻密な観測ネットワークとモデルをベースにする気象現象の分析・予測手法も参考になるだろう。

 質問紙による世論調査が、特定の問題に対する特定の反応をスナップショットとして切り取ったものとすれば、このような手法で集められたデータは日々変化していくストリーム的なものとなる。世論とは元来、流動的なものだし、それをリアルタイムに把握するのは大きな挑戦だ。インターネットを一種の「観測装置」として、経済現象や気象現象と同様に、国民意識を収集、分析、予想したりするための新しい科学が生まれる条件はすでにそろっている。(「ジャーナリズム」09年8月号掲載)

   ◇

萩原雅之 はぎはら・まさし

トランスコスモス株式会社エグゼクティブリサーチャー。

1961年宮崎県生まれ。84年東京大学教育学部卒。 日経リサーチなどを経て、99年から約10年間ネットレイティングス代表取締役社長を務める。2009年8月より現職。

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