古都狂奏曲 (最終章)愛の終着駅~明日は今日と違う日~

この物語は完全なるフィクションであり、実在する人物・団体には一切関係ありません


【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 7
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540 名前:古都狂奏曲① ◆jbk/fGtpkA [sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:27:51 ID:RhMk3w47


(最終章)愛の終着駅~明日は今日と違う日~
国枝が彰雪の代わりに出張ホストの仕事に行ってから、一週間が過ぎた。
約束通り彰雪に予約を入れ、ホテルの部屋に向かう。
週末は先輩の代わりに体を売る、そう言い出したのは自分だった。
「あんな仕事、よく続けているな」東京行きの新幹線の中で、クニは思った。
精神的にも肉体的にもタフな自分でも、かなり堪えるものがある。
繊細なところがある育ちのよい先輩が、一体どうやって接客をしているのか。
自分のことよりも、彰雪の気持ちを考えてしまう。
でも、やめるように説得しても、今は聞く耳を持ってはくれないだろう。
冷凍みかんを剥きつつ指先に冷たさを感じながら、自分が仕事を代わることで彰雪がほんの少しでも
心を開いてくれたらいいと、そんなことも思ったりする。
けれども、それはクニの都合の良い願いであることも、わかりすぎるほどわかっているのだ。
大切な先輩の人生を変えてしまった。取り返しのつかないことをした。
多分、こんなことを繰り返しても、一歩も前へは進めないかもしれない。
祈るような気持ちで、一縷の望みに全てを賭けてみようとクニは思った。

予約を入れてある部屋に入ると、彰雪の姿はなかった。
すっぽかされたのではないか、と不安になる。もう自分の顔さえ見たくないのではないかと。
約束の十時はとうに過ぎ、零時を回った。
カバンから彰雪が吸っていた銘柄と同じタバコを取り出し、ふかしてみる。
彰雪の匂いが部屋に充満して、少しだけ焦燥感が消えていく。
コンコン、と突然のノックの音にクニはビクッとした。扉を開けると泥酔した彰雪が立っている。
自分の胸に転がり込んできた彰雪をきつく抱きとめると、生乾きの髪の感触がした。
・・仕事してきたんだな。クニは察知する。
先週自分が仕事を代わったときのおぞましい記憶が蘇る。
「先輩、もうこの仕事やめよう」
彰雪を抱きしめたまま固く目を閉じてクニが言う。
「俺、東京で仕事探すから。だから、ね?もうこの仕事やめよう。一緒に暮らそ」
無言で自分に寄りかかる彰雪に、何度も何度も言い聞かす。
「貯金もあるから。しばらくは大丈夫だから」
「最近料理も少し出来るよ。会社の寮にいるから」
「先輩は、テレビ、テレビ見てたり、ゲームしてたりしてていいから」
・・考えられる口説き文句を全て出し終わると、部屋の中に沈黙が流れる。
「・・・・・わかった」と彰雪の口から小さく発せられたのは、クニが途方に暮れだしたのと同時だった。


「先輩、お玉とってお玉。早く、早く」
男二人で台所に立つ。
2DKの決して広いとは言えないマンションで繰り広げる日常。
「また、焦げたよ!チャーハン焦げた!!」
「おまえ、食えよ。俺嫌だよ」

一緒に暮らすようになってから、彰雪はクニの薦めでスポーツトレーナーの専門学校に通うようになった。
クニはクニで、東京では就職が思うように見付からず、バイトをしながら就活をしている。
不安定ながらも、二人の生活は緩やかな時が流れる。
些細な出来事が毎日起こり、喧嘩したり笑い合ったりしながら時が流れる。
ただ・・夜になると、彰雪は時々うなされてた。
そんな時、クニは黙って何時間でも、ただ黙って抱き寄せた。
幸せは、脆い土台の上に立っていて、天候次第では崩れ去る。
クニにはそれがわかっていた。
だから、しっかりとしっかりと自分が抱えていたかった。
大切なものを全身で守っていきたかった。


同居生活一年記念の日、クニはある決心をしていた。
自分がずっと彰雪の側にいれば、きっと過去と同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
独占欲や嫉妬心で衝動的に何かをしてしまうかもしれない。
ゲイではない彰雪には、結婚して子供を作り幸せな生活をしてもらいたい。
でも、自分はきっと、そうなった時に祝福できない。
玄関に入って、先に帰宅していた彰雪に一周年記念のケーキを渡す。
「これ、なんだよ?」
「俺たちの同棲記念日だから、今日」
わざと明るく言う。
「先輩、俺・・話ある」
断腸の思いというのは、こういうときの言葉なんだなとクニは思った。
大きく息を吸い込んだ後に
「俺、俺ね、京都帰るから」そう言うのがやっとだった。
驚愕した彰雪の表情。なんで・・と声にならない言葉が聞こえる。
「俺、就職出来ないし、向こうなら親のコネもあるし」
「・・・・」
「就職、しないわけにいかないんだよ。し、将来困るし」
「・・そっか」
短い彰雪の返事を聞いたとき、クニはこみあげてくる感情と必死に戦っていた。


東京発の新幹線が間もなく発車する。
・・貯金通帳はわかるところにおいてきたし。
無駄遣いをせずに貯めた。彰雪が専門学校を卒業するまで、バイトをしながらでも生活できる程度には入っている。
・・荷物は全部送ったし。
二人で買ったものは、全部置いてきた。彰雪は一人でちゃんと生活できるだろうか。
いざ、東京を離れるとなると、クニの頭は彰雪の心配でいっぱいになった。
自分で決めた別れ。後悔はない。・・自分たちは最初から出会ってはいけなかったのかもしれない。
ここで一回白紙に戻して、お互いの人生をやり直したほうがいい。
部屋を出るときに寂しげに笑った彰雪の表情が浮かぶ。
愛おしい気持ちで胸がいっぱいになる。今すぐ下車して、帰りたい、帰りたい。
・・絶対に、絶対に戻ったらダメだ。自分に強く言い聞かせる。発車時刻は近づいている。
冷凍みかんを膝にのせシートを深く倒し、ふと窓の外に目をやると、そこには彰雪の姿があった。
ゆっくりと走り出す新幹線と一緒に、涙でぐしゃぐしゃの顔の彰雪が走りながら何か言っている。
クニは口の動きでその言葉がわかった。