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【暮らし】

<医療をまもる>立ち上がる医学生たち 現状学び社会へ提言

2009年10月29日

 医師不足、医療崩壊など、医療への不安が広がる中、全国の医学生、看護学生らで組織する「医学生の会」が活動の輪を広げている。自主勉強会で医療の現状を学ぶ一方、臨床研修制度、医学教育などについて提言するなど、「医師の卵」たちの思いは熱い。 (安藤明夫)

 「私の話を聞いて、産婦人科医になろうって思ってくれたらうれしいな」

 十八日、東京都文京区、東大医学部図書館の会議室。医学生と患者団体代表たちの交流会が、和やかな雰囲気で行われた。

 卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんは、世界各国で使われている抗がん剤が日本で承認されないなどの「ドラッグラグ」について、静岡県の乳がん体験者でつくる「オリーブの会」の中山陽子さんは医師との信頼関係づくりの難しさ、肺高血圧症の患者・家族会「PAHの会」の村上紀子さんは希少難病の医療の矛盾点を、それぞれ訴えた。

 体験に裏打ちされた報告を、東大、東京女子医大などの学生たちは、真剣な表情で聞き入った。

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 会の正式名称は「医師のキャリアパスを考える医学生の会」。医療の未来が不透明な中で、医師としての自己実現への道筋(キャリアパス)を考えていこうという思いを込めた。昨年十一月に設立し、現在は国内と欧米の五十四大学の約三百三十人が参加。主にメーリングリストを通じて連携している。特徴の一つは、熱心な「学び」の活動だ。結成記念に、土屋了介・国立がんセンター中央病院院長を講師に招いて臨床研修制度について学び、以後も医師と過労死、女性医師の働き方、日本医師会、地域医療などをテーマに学習会や交流会を開いてきた。夏休みには放射線医学見学ツアーも実施した。

 代表の森田知宏さん(東大四年)は「中心メンバーがメーリングリストで提案して、講師の先生にお願いに行きます。本に書いてある医学知識だけでなく、先生や患者さんと人間関係を築いたり、医療現場を見学するといった体験が重要だと思います」と話す。

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 活動のもうひとつの柱は、社会への提言だ。特に臨床研修制度については「自分たちの問題」として熱心に取り組んでいる。三月に厚生労働省が「研修医の計画配置」(都道府県や病院ごとに研修医の募集定員の上限を設け、都市集中を防ぐ制度)を打ち出したことに対しては「これまで教育体制が評価されて研修医が集まっていた病院の定員も減らされてしまう。医療機関が努力しなくても、研修医を確保することが可能になり、医師の質の低下を招く危険がある」として反対を表明。二千六百余通の署名とともに舛添要一厚労相(当時)や議員連盟などに送った。テレビの討論番組でも、森田さんらが意見を述べた。

 六月に東京で行われた「日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会」の設立会では、外科の有名教授たちに交じって、森田さんが「医学生が外科を避ける理由」について報告。「大変なことを避ける若者は甘いと思われるかもしれないが、外科の魅力を伝える努力も足りないのでは」と学生の本音を伝えた。

 八月には、総選挙の立候補者たちに、医学教育に関心を持ってもらうために質問状を送り、九月は新人議員たちに臨床研修制度の問題点を電子メールで訴えた。   

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 医療と社会のあり方について積極的に提言している東大医科学研究所の上昌広特任准教授は、同会について「医学生が臨床研修制度を自分たちの問題として認識し、署名をしたり、テレビに出るなどして社会の合意を得たのは、かつてないこと」と高く評価する。

 中心メンバーの竹内麻里子さん(東大四年)は「問題がすごく起きている時代だからこそ、チャンスだと思う。自分でできること、解決していかねばならないことを考えていきたい。内科志望ですが、ただの医者にはなりたくない」と夢を語る。   

 来年は、森田さん、竹内さんらが五年生になり、病院実習で忙しくなるため、活動を後輩に引き継ぐ「世代交代」が最大の課題という。

 

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