G2
セオリー
G2G2
ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」ノンフィクション新機軸メディアG2・・・・・・・・G2の最新情報をお届け!!「『G2メール』登録はこちら」
G2

ドキュメント「児童虐待」

柳美里

 父親に対する感情かぁ……母親に対する感情は、あるんですよ。二十歳で博打狂いの男と結婚して、キャバレー勤めで生活費を稼いで、妻子ある男と恋愛して家を出たけれど、妻との軋轢で胃潰瘍になって吐血し、病院で輸血を受けたらC型肝炎になって、三十年も待って、やっと一緒になれると思ったら、男に若い愛人ができて捨てられるなんて、あんまりじゃありませんか? 母は、かわいそうな人です。
長谷川 母親のほうが、カウンセリングで取り組む順番としてはいいかもしれないですね。やっぱり母親への感情も、かなりしこりを持っていますね。今の感情は、母が娘を思う感情に、むしろ近いんだよね。立場が逆転しているんです。少女としてお母さんを好きとか、そういう感情のほうはどうですか。
 好きっていうのは……。
長谷川 小さいときから、今語ったことに近いことを考えていませんでした?
 昔から、母は長女の私には女の部分を曝け出していたんです。何度か、キャバレーの客との不倫旅行に連れて行かれました。
長谷川 そのときのお母さんへの気持ちは?
 気持ち、ですか?
長谷川 感情を麻痺させないと、耐えがたいですよね、娘としては。だから母親への子供としての感情というのも、やっぱりブロックされている。「かわいそう」っていう気持ちが伴う分、父親に対するしこりよりは、まだ小さいのかもしれないけれど、大きい課題ですよ。
 中学生のとき、母はキャバレーをやめて、熱海とか伊東のホテルに出張してお酌をするパーティーコンパニオンをやってたんです。「人手が足りないから手伝って」と言われて、母の服を借りてコンパニオンをやってましたね。十四歳だったんですけど、「二十歳って言いなさいよ」と母に言われて、お酌をしたり、煙草の火をつけたり、チークダンスを踊ったり。
長谷川 そのときのお母さんへの感情は?
 ちょっと……思いつかないですね……。
長谷川 思いつかない、と言われましたね。思いが無いんじゃなくて、思いが付かない。思いつかないようにしなきゃ、苦し過ぎるもんね。
 私、四十一歳ですよ? 二十七年前の話じゃないですか? 過去の出来事としてピリオドを打っていると思うんですけど……。
長谷川 それができたら、みんな幸せですよ。特に柳さんみたいに、しこりが大きくて深いものだったら、ピリオドなんて打てっこない。こんな小さな点一個で収まるようなものじゃないんですよ。トラウマっていう概念があります。心的外傷と訳しますね。心は物体じゃないから傷はつきませんが、解りやすくするためにたとえているんですね。心にガッとついた傷に、ピリオドを打てって言われても、どうやって打てばいいの? 傷を手当てして、ゆっくりと癒やしていく──、それがピリオドじゃないですか。傷がついたままでピリオドを打てなんて無理な話ですよ。
 ここ数年のひどい鬱状態も、子供時代の出来事が一因となっているんでしょうか?
長谷川 そう思います。鬱はある意味、傷口からのSOSのサインじゃないですか? 今回、カウンセラーである私と会って話をするという、その思いに駆り立てたのも、その傷の悲鳴だと思います。傷が何かの情報で、私を見つけた。そしてこの場で今、確かに傷が動いている、という感じが私には伝わってきます。

つづく

このほかの作品
コメントをどうぞ
コメントは送っていただいてから公開されるまで数日かかる場合があります。
また、明らかな事実誤認、個人に対する誹謗中傷のコメントは表示いたしません。
ご了承をお願いいたします。

COURRiER Japon
  1. サイト内検索
  2. 執筆者

    柳美里柳美里
    (ゆう・みり)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数。

  3. このほかの作品