時代と社会を相手に切り結んできた芥川賞作家が描く
著者初の本格ノンフィクション
第4回
長谷川 万引きは小学校ぐらいのときですか?
柳 小学校三、四年、ちょうど今の息子ぐらいの頃からです。それと、幼稚園の頃から、わざと痴漢に遭うみたいなことを続けていたんですね。例えば、書店の奥のコーナーで立ち読みすると、必ずサラリーマンや大学生の男が本を取るふりをして、本の角でスカートをめくる……。
長谷川 幼稚園のときに既にそんな知識を持っていて、そうやったんですか?
柳 痴漢に遭いやすい場所を知っていて、彼らを誘っていました。
長谷川 なぜ知っていたんでしょうね。知っていたというのは、もしかしたらあとから意味付けたものかもしれないですね。
柳 小二のとき、週に一度、バスで二十分離れた町にピアノを習いに行かされていたんですが、ある日、バスに乗ると、私一人だったんです。つぎの停留所で五十歳くらいの男が乗ってきたんですが、男は保護者のような顔をして私が座っていた二人掛けの座席に座り、ぴったりと体を寄せてきたんです。スカートをまくって下着に手を入れて、自分のズボンのチャックをおろして……痴漢の域を越えた酷いことをされたわけですが、私はピアノ教室がある停留所で降りなかった。
長谷川 降りなかった? 降りられなかった?
柳 降りなかったんじゃないかなと思います。
長谷川 そのときは、きっと私がおかしいんじゃないかって。
柳 異常だと思いました。
長谷川 そのときの、心地よさっていうのがないですか。
柳 越えてはいけない一線を踏み越えるきな臭さ、ですかね……。
長谷川 それは性的な快感ということとは別次元の心地よさね。
柳 麻痺するような感覚ですね、麻酔みたいな……。
長谷川 その感覚があったから、状況を打開しようとしなかった。
柳 終点まで身動きできませんでした。