「爪切りはこの世で一番小さな刃物なんだよ。この爪切りは、ドイツ製で切れるからね。動いちゃ駄目だよ。動いたら、血が出るよ。ママ、タケの爪、何百回と切ってるけど、いまでも緊張するよ。だって、刃物なんだから……」
爪切りの最中は爪だけを見ているので、息子がどんな顔をしているのかは判らないが、昨日の朝は、こんなことを訊ねてきた。
「爪切りって、爪以外も切れるの?」
「刃が駄目になるから、爪以外は切らない」
と言って、わたしは爪切りを(ホテルのアメニティーグッズがはいっていた)白雪姫の缶にしまい、雪のなかディズニーランドへ出掛けなければならないので、彼とふたりで雨具(傘、レインコート、長靴)を買いに行った。
「帰ってくるまでに宿題やっとくんだよ」
白雪姫の缶は机の上に出しっぱなしだった──。
わたしは、息子のてのひらをさすりながら優しく訊ねた。
「ほんとうは、爪切りで髪切ったんでしょう?」
息子は、ニヤリと唇を曲げた。
「どうして、わかったの?」
爪切りで髪を切った、という事実を隠し通すために、息子は、どれだけリスクを負い、どれだけひとに迷惑をかけ、どれだけ時間とエネルギーを費やし、どれだけ嫌な思いをし、どれだけ痛い目に遭わなければならなかったのか──。
わたしも、嘘ばかり吐く子どもだった。
どんな嘘だったかは憶えていないが、親や教師に「嘘吐き!」と頬をはたかれ、バシッ!という派手な音と痺れたような痛み──、じんじんと熱くなっていく頬の感覚を、いまでもはっきりと憶えている。
わたしは小学校にあがると同時に、激しいイジメに遭った。
小説やエッセイでかたちを変えて何度も書いているので、ひとつひとつを紹介するつもりはないが、教師が加担したイジメについては、やはり書いておきたいと思う。
運動会のマスゲームの退場行進で、後ろの男子にお下げをつかまれて引き倒されたときに、わたしだけに朝礼台の上に立たせるという罰を与え、「これが一年二組の柳か」「あぁ、あの問題児のぉ」と囁き合った教師たち、わたしがよそった給食のシチューを「バイキン(わたしのあだ名)がよそったから食べられない」とクラス全員がボイコットし、「柳さんは汚いから、給食当番からはずしてください」と言ったクラス委員の意見に従った教師、フォークダンスの練習のときに「バイキンがうつる」と指でバリアを拵えて手を繋ごうとしなかった男子たちを笑って許した教師、全員参加の水泳のクラス対抗リレーで、わたしのときだけ、「●●ちゃん、ガンバレッ!」という応援の掛け声が「やっなっぎ、オエー!」と変わったのを黙認した教師たち(わたしはまったくの金槌だったので、「オエー!」の大合唱のなか二十五メートルプールの端から端までを歩かなければならなかった)──、でも、これらの記憶は、痛みや感情を伴って思い出すことができるのだ。
裸にまつわるいくつかの記憶からは、痛みや感情が追放されている。