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ドキュメント「児童虐待」

柳美里

幼稚園から小学四年までの五年間を過ごした借家での出来事だ。
大家の家族が暮らす母屋と、わたしたち家族が暮らす離れは同じ敷地にあった。大家のうちには、わたしと同じ歳のKちゃんと妹と同じ歳のSちゃんがいた。毎週日曜日には、Kちゃんのお父さんがわたしたちを山の上のS学園に連れて行ってくれた。
わたしは、Kちゃんのお父さんが、わたしを抱きあげるときだけ、股間に手をあてがって素早く指を動かすことに気付いていた。自分の子や、わたしの弟妹を抱くときは、脇の下に手を差し込んで持ちあげるのに──。 
ある日曜日、なにかのきっかけで、子どもたちが駆けっこをはじめて、突然視界から消えてしまった。
あわてて追いかけようとしたのだが、おじさんに腕をつかまれた。
「美里ちゃん、学校のなかにはいろうよ」
おじさんの声は低くかすれていた。
裏庭の石段に腰を下ろすと、おじさんはわたしを抱きあげ、自分の膝に座らせた。
おじさんの息がはぁはぁと荒くなり、ブラウスのボタンをはずされて、スカートをまくりあげられた。
「あそこに寝転んだら、気持ちいいよ」
おじさんが指差した木陰は、横になったら埋もれてしまうほど雑草が生い茂っていた。

「いまから、おじさんとすること、お父さんにもお母さんにもKにも言っちゃ駄目だよ。おじさんと美里ちゃんだけの秘密だよ。約束できる?」
ヤだ!と叫んで逃げ出したかったが、舌が木切れのように固くなって声を出せなかった。
舌の上には、いちご味のドロップが残っていたが、舐めることも、噛み砕くことも、吐き出すことも、飲み込むこともできなかった。
全裸で草の上に抱き下ろされた一瞬、すべてが真っ白になった。
空の青が戻ってきたとき、覆いかぶさってきたおじさんの黒目のなかに自分の顔が小さく映っているのが見えた。

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コメント / トラックバック2件
  1. 加藤 より:

    昨日27日の日曜、ちょうど柳さんの「水辺のゆりかご」を
    近所のブックオフで見つけて読んだところでした。
    柳さんの文章は漢字の表現と分量が美しくて
    ページの見開きが美術みたいと思いました。

  2. 荘哲 より:

    世界というものを考えるとき、当然、自分がどのような世界にいたかによって考え方は変わってくる。自分がどのような世界にいたかというのは、自分が自分を取り巻く人間にどのように扱われていたかという問題でもある。それは自分で選ぶことはできず、不条理な運命はその人の人生を狂わせる。
    そしてその遺伝子は、その人が息子に対して同じ行為を繰り返してしまうことで、またその性格は不条理な運命によって決定づけられているために変更できずして、更に後世へと負の連鎖を続けていく。
    少女の狭いネットワークは、彼女に「それが世界の全て」と思わせるには十分だった。誰か全く別の人間が、彼女に寄り添ってあげられれば。

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    柳美里柳美里
    (ゆう・みり)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数。

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