ベッドの上に正座で向き合って、言った。
「ペンケースは、もう、どうでもいい。おまえは他人に迷惑をかけた。わたしは、おまえの嘘を許さない。おまえの嘘を、そのままにしてチェックアウトなんかしない。わたしを、舐めるな。ペンケースが見つかるまで、なにもかも犠牲にして探しつづける。さぁ、言え。どこに隠した」
息子は、うわっと泣き出し、
「じゃあ、ほんとうのことを言うよ。でも、あぁ、でも、どうしよどうしよ、ほんとうのことを言ったら、ママに怒られる。どうしよどうしよ」
と、足踏みしておしっこを漏らした。
パッキングをして送るだけになっていたトランクをもう一度開けて、新しい服を取り出し着替えさせて、冷蔵庫から冷たいオレンジジュースを出して飲ませてから、彼が静かな声で言った。
「ママは、タケが嘘を吐いて他人に迷惑をかけてるから、怒ってるんだよ。ほんとうのことを言えば、怒らないと思うよ」
「ほんとうのことを言えば、怒らない。約束する。ご飯を食べて、うちに帰る。だから、お願いだから、ほんとうのことを言いなさい」
と言っているうちに、また、泣けてきた。
息子は、窓辺に駆け寄って泣き崩れた。
「窓から投げ捨てたんだよぉぉぉぉ! はさみを使ったことがバレたら怒られると思ったから、窓から投げたんだよぉぉぉぉぉ! あぁ、どうしよう! ママの大事な万年筆が壊れてたら、どうしよう!」
わたしと彼は、顔を見合わせた。
泣き方が真に迫っている。
この時点で十四時をまわっていて、疲労困憊していたが、今度こそほんとうだろう、とわたしと彼は息子を部屋に待たせて、雪が積もった植え込みのなかを手分けをして探した。
三階の窓から、「ママの万年筆が壊れてたら、怒られるぅぅぅぅぅ!」という泣き声が聞こえてくる。
「どう思う?」わたしは彼に訊ねた。
「あれは、ほんとうだと思うよ」
「でも、ないじゃん。五階の部屋の窓から投げたのかな……」
「かもしれないね……」
わたしは、フロントで再度事情を説明して、五階の部屋の真下がどの辺りなのかを教えてもらって、フロントの女性立会いのもとでペンケースを探し、そのあいだに(つぎの客がチェックインする時間になってしまったので)彼にチェックアウトの手つづきをしてもらうことにした。
中庭のプールサイドから五階の部屋を見あげると、四階と二階の部屋にはバルコニーがあり、五階の窓の隙間から(全開にはできない)投げたとしたら、当然、階下のバルコニーに落ちる──。
念のために鍵を開けてもらったが、四階と二階のバルコニーにも、一階の植栽のなかにも、ペンケースはなかった。
「もし、あとで見つかった場合のために、遺失物届けにご記入いただけますか?」と用紙を渡されたので、わたしは、名前と住所と電話番号を記入しながら考えた。
ホテルで一度もペンケースを見ていない。もしかしたら、ペンケースから鋏を出して髪を切ったということ自体、嘘なのかもしれない。でも、あの風呂の髪の毛は、なんだったんだろう? なにで髪を切ったんだろう?
わたしは、フロントの女性に謝って、彼と息子が待っているロビーに向かった。
真っ直ぐ息子の前に歩み寄って、訊ねた。
「もしかして、全部嘘だったんじゃない? ペンケースからはさみ出して切ったってこと、嘘なんでしょう?」
「…………」息子の目が、僅かに泳いだ気がした。
「ほんとうのことを言いなさい。あんたも、わたしも、お兄さんも、朝からなんにも食べてない。ホテルのひとにも迷惑をかけてる。小学校入学してから一度も休まなかったのに、こんなことで休むことになった。ママは仕事ができない。仕事先のひとにも迷惑をかける。お願いだから、ほんとうのことを言いなさいッ!」
わたしは、フロントの前で号泣していた。