男性二人、女性一人だった。
「朝から、全国のひとから通報がありまして……虐待ではないかと……」と、年配の男性福祉司が言いにくそうな口調で言った。
「2ちゃんねるにスレッドが乱立しているのは、ご存知ですか?」わたしは訊ねた。
「はぁ……」曖昧な返事だった。
「2ちゃんにお宅の電話番号が貼ってあって、通報を呼びかける投稿があるそうです。通報者はすべて、わたしのブログを虐待の根拠にしてるんですよね?」
「はい、そうですね……」
「全員、2ちゃんねらーですよ」
「そう、でしょうね……」
「いいですか? 情報源は、近所のひとでもなく、ディズニーランドのホテルの従業員でもなく、わたしが書いたブログなんですよ。おかしいと思いませんか?」
「え……ええ……」
「作家の書いたものなんて、私小説であっても、エッセイであっても、ブログであっても、虚実ない交ぜなんですよ」
「……そうですね……事実をそのままに書かれているわけではありませんものね……でも、われわれは動きが遅いと批判されているので、通報があれば、動かざるを得ないんですよ、申し訳ありませんけど……」
ひと言も口をきかなかった、わたしと同世代に見える男性福祉司が割ってはいってきた。
「広くて、陽当たりがいい、ステキなお宅ですね。ネコちゃん、たくさんいるんですね」
女性福祉司が、指を折りながら二桁の割り算をしている息子に話しかけた。
「計算、速いね」
「うん、でも引き算と割り算は苦手。足し算は得意なんだけど」
「今日は学校休んだの?」
「うん、熱があったの。微熱なんだけどね、インフルエンザだとヤバイから、あとでママと耳鼻科に行くんだ」
と息子は、ふたたび計算問題に目を落とした。
三人の児童福祉司たちは済まなさそうな顔をして帰って行ったのだが、「虐待」騒動は鎮静化する気配を見せず、『日刊スポーツ』『女性セブン』『週刊朝日』『サイゾー』から取材依頼が相次ぎ、遂に『週刊女性』の編集者が、小学校の校門から自宅まで息子を尾行するという事態になって、わたしが『週刊女性』編集者の名刺をフォトログにアップして罵倒の言葉を書き連ねるという対抗手段に出たものだから、「『週刊女性記者はストーカー』柳美里がサイトでケンカ売る」というニュースがYAHOO!のトピックスにあがり、2ちゃんはさらにヒートアップし──、わたしはブログの更新を控え、小説執筆に専念することによって、祭りを終息に向かわせるしかなかった。
しかし──、
書いていないことがある。
黙っていたことがある。
何故、書かなかったかというと、ほんとうのことを書いたら、児童相談所に「虐待」の範疇にはいると判断され、息子を取られてしまうのではないか、と恐れたからだ。
書くのは気が重いが、書かないことには、先に進めない。