賭場通い 〜「腎臓売ります」と念書〜


 両親は晩婚。七十歳をとうに過ぎた父の隣で、母がすすり泣いた。「いつまで私たちが生きとるか、わからんとよ…」
 自分と兄の結婚資金にと、両親が蓄えてくれたすべてが、借金返済に消えた。総額一千万円を超えていた。
 福岡市の二十代後半の男性サラリーマン。初めて中洲のカジノに行ったのは学生のとき。アルバイト先の店主から誘われた。いくつものバカラ台に、五十人を超える男たちが群がっていた。飲食、たばこ代は無料。初日は三万円負けた。「パチンコと同じようなもんだ」と思った。
 数時間で百万円を手にしたこともある。その札束の感触が消えなかった。負けても、「勝てば返せる」。借金して通い続けた。最初は消費者金融から、次に090金融、そしてカジノ店内のヤミ業者…。

●写真/業者は取り立てに手段を選ばない。張り紙で債務者を精神的に追い詰めるのも常とう手段だ



 「返せなければ腎臓を売ります」。照明を絞った薄暗いカジノ店の片隅で念書を書かされた。現実味はなかった。
 ある日、知人に耳打ちされた。「あのホテルマン、二百万円の代わりに腎臓取られたって…」。腹部に痛みを感じた。顔なじみの男性が姿を消したときは「保険金かけて殺されたらしいぞ」とのうわさが流れた。
 「何とかして返さなければ」。「取りつかれたような」七年間の結末は、賭博で親の資産を食いつぶした揚げ句、約八百万円の負債を背負った自己破産だった。
 ヤミ業者からの借金は、事件も引き起こす。
 今年十月、福岡地裁の法廷。四月に福岡市東区で八十二歳と五十一歳の母娘が殺害された事件の初公判が開かれていた。「当日も、午後二時までにヤミ業者に三万円を返済しなければならなかった」―分厚い書類を読み上げる検察官の傍らで、被告のやせた中年男(49)は泣きじゃくった。
 男は被害者の親族。事業の失敗もあり、借金はヤミ業者や消費者金融から計約千七百万円、毎月の返済額は六十二万円に上っていた。犯行の二日前もヤミ業者に五万円を借り、うち一万五千円は別の業者への利息返済に、残りはパチスロに消えた。
 事件で手にした金は四十七万円。帰宅すると玄関にヤミ業者の名刺が落ちていた。そのまま銀行へ振り込みに走った。焼け石に水だった。



 常識外れの法外な利息を承知で、返せるあてもないまま、人はなぜ金を借り続けるのか。
 「ひとたびヤミ金にはまれば、強圧的な督促で思考停止状態に陥り、その場をしのぐことしか考えなくなる」。横浜国立大の西村隆男教授(消費者教育論)は分析する。
 面談審査に代わる無人契約機、そして店に出向く必要すらない携帯電話やインターネットを使っての融資。私たちの周りで、より簡単に借金のできるシステムが次々に生まれている。


■ メ モ ■
 出資法は利息の上限を年29・2%と定めている。かつて悪徳金融の代名詞だった10日で1割の利息を取る「トイチ」は年365%。現在の主流は「トイチ」の5倍に当たる10日で5割の「トゴ」。年換算で1825%にもなる超高利息だが、借りる人は絶えない。

[2002/11/28朝刊掲載]