12. 沈む被害者



「ちょっと・・・ちょっと待って下さい。僕・・・・聞きたくない」

「ごめん、でもちゃんと、聞いて」

「嫌、嫌です!」

僕が耳を塞いでも、彼は続けた。

「彼女は・・・君にそっくりだった」

彼の声が、遠くでそうぼんやりと響くのを聞いて、僕は愕然とした。

僕の目に涙が滲んでも、彼は止めてくれなかった。

「僕は彼女と重ねて君を見ていた。僕が近づけば、また、壊れてしまうかもしれない恐怖が消えなくて、遠くから見ているしかなかった。そして、日に日に薄れていく彼女の面影が悲しくて、完全に消えてしまうその前に・・・君の前で死んで、振り出しに戻したかった。僕の勝手だけど、それではじめて一歩目を踏み出せるような気がしたんだ」

「僕は・・・あなたの好きな女の子じゃない!!」

叫んだ、僕の声が虚しく森に吸い込まれ消えていった。

「わかってる。今は重ねてなんかいない。君が好きなんだ。だから、本当のことを知って欲しかった。もう、君に隠し事はしたくない」

「聞きたくない!」

僕が立ち上がって逃げようとすると、彼の大きな手が僕の腕を掴み、僕の体を芝生の上に押し倒した。

暴れる僕の手足を拘束すると、彼は悲しそうに、ごめん、と呟いた。

そして涙に滲んだその先に、真っ青な空に切り取られた、彼の黒い髪の奥に光るものを、僕は見てしまった。

「先輩・・・目が・・・・」

そこには、真っ白な睫毛に縁取られた濃い、血の色をした目があった。

「そうだよ。これが、僕がいじめられていた理由。彼女に化け物と呼ばれた理由」

僕はそれを見た途端、急に力が抜けてしまい、抵抗することも忘れてしまった。

「じゃあ・・・髪が痛んでいるのも」

「白い髪を隠すために染めているから」

アルビノ・・・その言葉が頭の中で思い浮かんだ。

彼が部屋のカーテンを閉め切っている理由も、髪の毛で顔を覆っている理由も、親に煙たがられている理由も、全部、そのせい?

「嫌いに、なった?」

彼の目から、赤い涙がぽたりと僕の頬に落ちた。

そして耳に滑り落ちていくその暖かな涙を感じて、僕は、彼の頼りないか細い体に、こんなに大きな爆弾のようなじりじりした過去が閉じ込められていたのが、ショックでいたたまれなくなった。

ただ、普通の人より色素が薄いというだけでいじめてしまった彼らの幼さや、それを煙たがった両親の気持ち、そして彼のせいにしてしまった彼女の痛みが、どうにもやるせなくて、情けなかった。

逃げようにも逃げられなかった幼い彼の、小さい体が、心が、痛んでいくのを、黙ってこの場で聞いていることしかできない自分が、嫌になった。

彼女に重ねられた僕よりも、彼の方が、もっとかわいそうだった。

だから僕は、もう何も言うことができなかった。

打ちひしがれて、泣くことしかできなかった。

酸素が足りなくて、僕は喘いだ。

脳が痺れて、目の前までじんじんと歪むようだった。

静かに風が吹いて、草木を揺らした音が止むことなく僕を慰めた。

僕の上には、彼がいるのに、さっきから何も喋ってはくれない。

まるで、森の中で独り泣いているような、心細い気持ちになってしまう。

そう思っていたら、微かに震える彼の手に頬を触れられ、僕は濡れた瞼を開いた。

冷たい彼の唇が僕の唇にゆっくりと押し当てられ、甘噛みされるように何度もキスをされた。

僕は、こんなに悲しい気持ちにさせたのは彼なのに、いやらしくキスをしてくる彼が、なんだか不謹慎で卑怯に思えた。

それなのに、僕の体は馬鹿みたいに反応してしまう。

さっきまでのはち切れそうなやり場のない気持ちは、一体どこへ行ってしまったのだろう。

もっとキスをして欲しいだなんて、僕も、相当不謹慎だ。

泣きながらキスをしたせいか、僕の体温は、自分でも熱く感じるほど上昇していた。

濡れた彼の舌に舐められた唇が心地よくて、僕は自然と唇を開いていた。

舌を何度も優しく吸われ、僕はもう何が何だかわからないくらいに乱れてしまった。

彼の手が、僕のシャツの上をゆるゆると動き回っているのに気づかないほど。

気づいたのは彼の手が僕のある一点に強く触れたときだった。

「あっ・・・」

僕は、自分があられもない声を出したのに驚き、我に返った。

僕は急に恥ずかしくなって、体をよじって彼の下から逃げようとした。

彼の手が僕の足首を掴んだが、本気で逃げようとしているのが伝わったらしく、彼は僕を引き戻しはしなかった。

彼から逃げようとろくに前も見ずに走っていると、僕は木の根に派手に躓いた。

「シャルル!」

彼の声が僕の耳に届くのと同時に、僕の視界は回転し、池の淵にばしゃん、という音を立て水の中に沈んだ。

目を開くと、視界の半分だけが青色に歪んだ。

もう片方の目が、水よりも真っ青になった彼の顔を捉えていた。

冷たい水に浸かった僕を心配して、彼が駆けつけ、僕を起こしてくれた。

いっぺんに色々なことが起きて、呆然としている僕の乱れる髪を、彼は丁寧に直してくれた。

「ああ、こんなに水浸しになって」

膝をついた、彼の服も濡れてしまっていた。

僕の触れた水面は、不安げにゆらゆらと揺れて、未だに浸かっているお尻を何度も撫でた。

すっかり冷めてしまった僕は、こんな寒い日に、なぜ池で泳がなければいけないのだろうと考えていた。

そうすると、ふつふつと怒りが湧いてきて、気がついたら、僕は彼をありったけの力で池に放り込んでいた。

大きな水音をたてて黒い彼の姿が池に沈み、僕はその水しぶきを浴びた。

池の周辺がしん、と静まり返ったとき、僕ははじめて、大変なことをしてしまったと思い血の気が引いた。

水に触れたことで、彼の白い皮膚に異変があったら、泳げなかったら、そう思ったのだ。

もう二度と浮かび上がってこないような気さえした。

青い水の底から、彼の体が重そうに上がり顔を出すと、彼は激しく咳き込んだ。

波紋が幾重にも重なり、水面を揺らした。

そして、ふらふらと淵へ歩いてくると、彼はまだ体半分が水に浸かっている場所でぐったりと倒れ込んだ。

「先輩!」

彼に触れようと近づいた僕の手を突然、彼の手が掴んだ。

「え?」

手を強く横に引かれ、僕は彼の横に倒れた。

驚いて固まっている僕の上に彼が覆いかぶさり、一言。

「もう逃がさないよ」

彼はにやりと笑った。

ぽかんとしている僕に彼はちょっと面白そうに言った。

「あのさ、僕泳いだことなかったからさすがにびっくりしたよ」

「・・・騙したな!」

「酷いな、僕被害者なのに」

「先輩が変なことするから・・・」

「変なことって?」

「だから・・・キスとか」

「おかしいな、君も気持ちよさそうにしていたのに」

そう言って彼は、真っ赤になる僕の唇を指でなぞった。

「もう、やめてあげない」

そうして彼は再び僕に口づけはじめた。

濡れた肌が、髪が、さっきよりもいやらしく、僕をあおった。

瞼を開く度に、鋭い彼の赤い目と目が合い、僕の心臓は痛いくらいにどきどきした。

「服が濡れて・・・透けてる」

彼の手が僕の胸元に移動しても、僕はもう抵抗できなかった。

触って欲しいと、体が震えた。

爪の先で触られると、僕の体はびくん、と跳ねた。

「ここ、気持ちいいの?」

そう言って彼はいたずらに笑った。

気づかぬ内にシャツのボタンが外され、晒された胸元に、彼が顔を近づける。

「せんぱ・・・」

直に舐められ、僕はあまりの気持ちよさにため息が漏れた。

よがって足を動かす度に、水がぱしゃん、と音を立てた。

何度も舌で擦られ、僕は我慢できずに腰を蠢かして喘いだ。

「ごめん、もう我慢できない」

返事もできない僕に彼はそう告げると、僕のベルトを外し、パンツを下着ごとずらそうとした。

しかし濡れて張り付いているために、なかなか脱げず、僕自身も引きずられ、腰が浮いてしまう。

「あっ・・・嫌だ!」

無理矢理パンツを抜き取ると、彼は僕の両足を掴んで、信じられないところに舌を這わせた。

熱い舌が、執拗にそこを濡らしていく。

「ああ・・・あ」

僕は両足を掴まれているため抵抗できず、羞恥に震えることしかできなかった。

彼の舌が僕の中に押し入り、ぐちゅぐちゅと音を立てた。

その濡れた感覚に、僕の視界は白く滲んでいった。

力が抜けた瞬間、今度は彼の細長い指が、僕の中にずるりと入り込んできた。

そして僕の中で、ゆっくり出し入れしながら引っ掻くように、指を動かした。

濡れたその中で、彼の指が音を立てていやらしく動くのを妙にはっきりと感じて、僕は、あっけなくいってしまった。

腰が浮いていたために、出したものが顔にかかって垂れた。

それにすら、僕は興奮した。

体がしばらく快感で高揚し、浮くようだった。

「指だけでいっちゃうなんて、可愛いね・・・」

そう言った彼も興奮しているのを抑えているのがわかって、僕は余計に興奮してしまった。

彼は僕がいっても、指を抜かなかった。

それどころか、更に激しく音を立てて、僕の中で彼の指は蠢いた。

僕の体は、快感でがくがくと震え、再び絶頂を予感する波にのまれていった。

「入れてもいい?」

息を荒げる彼に、僕は頭の中で、指ならもう入れているじゃないか、そうぼんやりと思っていた。






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