◆次官会見「廃止」余波
「脱官僚依存」を掲げて夏の総選挙を戦った民主党は、基本的には党主催の会見を完全開放するなど情報公開に熱心な政党である。新政権が発足した9月16日当夜、初めての会見で、各閣僚が官僚の用意したペーパーを見ずに自分の言葉で所信を語った姿は国民の共感を呼んだ。だが、その日に官邸が突然打ち出した「府省の見解は大臣等が表明」という指針で混乱が始まった。
専門性が極めて高い気象庁や海上保安庁の長官会見はいったん見送られ、記者クラブ側の反発を受けて再開が決まった。警察庁長官が国家公安委員会の内容を説明するため週に1度行われていた懇談も、中井洽国家公安委員長が「国家公安委員会の内容説明なら委員長である自分がやるべきだ」として中止された。しかし、記者クラブは「全国警察のトップである長官の声を定期的に聞ける機会を確保してほしい」と申し入れ、結局、国家公安委員長会見に警察庁長官が「陪席」する形で収まった。
●時間短縮に不満
政権発足から約1カ月たった各省庁の会見実施状況をまとめた=左表。正式な大臣会見の回数を増やしたのは財務省のみ。外務省は閣議後の大臣会見は取りやめ、ごく短時間のぶら下がり取材に応じるとしている。会見時間も政権発足直後とはいえ、全体的に「10分程度で短すぎ、聞きたいことも聞けない」という不満を持つ記者は多い。
一方、次官会見が減った分、副大臣・政務官が会見して回数合わせをしているところもあるが、やはり会見時間は短く、全般に記者側の取材機会は明らかに減っている。多くの記者クラブが総会を開いて次官会見の復活、できなければそれに見合う副大臣などの会見増を求める申し入れを行っているが、反応は鈍い。宮内庁は政権交代後も長官が月2回、次長、東宮大夫各週1回の会見を継続している。
なぜ記者側が会見回数にこだわるのか。今回多くの記者クラブが要望書で理由を表明しているが、国土交通記者会の要望書(10月1日)に端的に表れている。<われわれは「政治主導」の政治・行政がどう行われたかを「政」「官」双方への取材を通じて検証し、国民の知る権利に応えたいと考えています。適切な対応を求めます>
一方、各省庁の次官ら幹部がさまざまな施策の背景説明のために行ってきた記者懇談については、全廃と継続が半々といった状況だ。
●民主批判が契機
新政権が事務次官会見を廃止したきっかけとなったとされるのが、政権交代前に井出道雄農林水産事務次官が行った民主党批判だ。井出次官は6月18日の定例記者会見で、同党が掲げる農業者戸別所得補償政策について、事務処理の煩雑さなど四つの問題点を挙げ「現実的ではない」と批判した。民主党は「政治的中立性を欠く発言だ」と猛反発。英国内閣制度の視察を終えたばかりの菅直人氏(現・国家戦略担当相)が「イギリスなら即クビだ」と激高した。
政権交代後、井出次官は就任直後の赤松広隆農相に「(官僚は)時の政権を支えるのが使命。(政権が代わった以上は赤松農相を)献身的に支えたい」と釈明して和解した。しかし、山田正彦副農相は、自身が井出次官に発言の撤回を迫った経緯を自身のブログで明かしたうえで「脱官僚政治への道のりはこれから」としている。民主党議員の官僚に対する不信感は相当根強く、それが間違いなく次官会見廃止につながっている。
●情報公開どこへ
確かに、自民党の長期政権下で官僚たちは行政機関の情報を専有し、その公開を求めるメディア側と鋭く対峙(たいじ)してきた。そして、絶大な権力を使ってメディアを狙い撃ちにし、都合の悪い情報が外に出ることを阻止しようとする。そうした意図が露骨に表れたのが防衛省情報本部の空自1佐が懲戒免職になった事件(08年10月)だ。中国海軍の潜水艦が火災を起こし航行不能になったと報じた読売新聞記事にからんで「防衛秘密を漏らした」として処分されたものだが、事情聴取が防衛省関係者に限られ、裁判で争われることもなかった。メディアに情報提供しようとする自衛官を萎縮(いしゅく)させるための「見せしめ処分」の色合いが強いとされる。
官庁の持つ情報はさらに適正に公開されなければならない。新政権もメディアもその方向性は同じだ。ただ、政権交代に伴う次官会見の廃止が情報公開とどうつながるのか。まだ見えてこない。
●「公表予定なし」
「これが政策決定の透明化を掲げてきた民主党のやり方ですか!」--。東京・霞が関の金融庁。9日午後9時から行われた大塚耕平副金融担当相の会見は大荒れに荒れた。
亀井静香金融・郵政担当相が政権発足当初からブチあげ、新政権初の法案として注目を集めていた「貸し渋り・貸しはがし対策法案(仮称)」の最終案がまとまったはずだった。
しかし、内容を知ろうとする記者たちに、大塚副金融担当相は「猶予という言葉は使っていない」「僕は大臣でないから分かりません」などとそっけない答えを連発した。
「関係省庁との連携が必要」などというのが内容について話せない理由だという。参考人に誰を呼んだか、どんな話を聞いたか。まったく明らかにされない。「(検討段階の)議事録は取っていない。ワーキング作業に使った資料はあるが、公表の予定はありません」という答えに記者たちは強く反発した。「新政権の法案は、今後もこういう形が取られるのか」との質問まで飛び、30分の会見は質問途中で打ち切られた。「説明責任を放棄している。自民党時代より閉鎖的かも……」。ある記者がこぼした。
もちろん、記者の取材は「会見」ばかりでない。むしろ会見は、各省庁の基本的立場を聞く場にすぎない。貸し渋り対策法案の記事も、さまざまな方面の取材からまとめ上げ、翌日の朝刊には載せてある。だから、会見室に閉じこもっていても、記者は真実に迫れない。担当者と話しながらヒントをつかみ、データを調べ、情報源を探し出して迫っていく。ところが、新政権の次官会見廃止以来、「情報の入り口」である官僚たちの口が重くなっている。
補正予算の見直しについては「政務三役がおっしゃっていることがすべて。我々が話をできることはない」「作業のプロセスに関してはお答えする立場にない」などという受け答えは日常茶飯事だ。それどころか、省庁が業務として集めたデータのたぐいまで「私は『官』ですから」と逃げの姿勢だ。以前は局長、部長クラスにも事前予約を取り付ければ話が聞けていたが、いまは電話がつながらない。仕方なく廊下やロビーで待っていても、歩きながらだとまともな取材はできない。
●「犯人捜し」恐れ
新政権が実施しようとしているある制度について、他国の運用状況を尋ねたとき、記者は幹部にきつくこう言われた。「このデータ、うちの役所から出たということだけは書かないでほしい。役所が政策に反対していると思われて犯人捜しが始まるから……」
もちろん、従来どおり、きちんと対応する官庁・官僚は多い。記者側から政権内部の雰囲気を探ろうとする幹部もいる。しかし、政権交代をきっかけに、一部に「事なかれ主義」がはびこっているのも事実だ。そのことは、新たな「情報統制」の機運を生んでいないだろうか。
新政権は政治決定の仕組みを大きく変えようとしている。しかも、情報公開を重視する、と明言している。ただ、その方向性はまだ定まっていない。
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日本新聞協会編集委員会が02年にまとめた記者会見などに関する見解は次の通り(一部抜粋)。
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記者クラブが主催して行うものの一つに、記者会見があります。公的機関が主催する会見を一律に否定するものではないが、運営などが公的機関の一方的な判断によって左右されてしまう危険性をはらんでいます。その意味で、記者会見を記者クラブが主催するのは重要なことです。記者クラブは国民の知る権利に応えるために、記者会見を取材の場として積極的に活用すべきです。
記者会見参加者をクラブの構成員に一律に限定するのは適当ではありません。より開かれた会見を、それぞれの記者クラブの実情に合わせて追求していくべきです。公的機関が主催する会見は、当然のことながら、報道に携わる者すべてに開かれたものであるべきです。
毎日新聞 2009年10月15日 東京朝刊