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教科書に復刻ブーム

2009年10月12日

写真復刊された「新々英文解釈研究」と「新釈現代文」。装丁は当時とほとんど変わらない

 かつての参考書や教科書が脚光を浴びている。昭和の大学入試の参考書が復刊され、予想以上に売れたり、江戸から明治、大正の教科書を集めた展示会が開かれたり。それを支えているのは、受験生や子どもではなく、大人たち。ページを開けば、覚えようと格闘した、かつての自分の姿が重なるようだ。

 懐かしい参考書が最近、次々と復刻された。

 まず、英語の参考書、山崎貞著「新々英文解釈研究」。「ヤマテイ」の愛称で、長年、受験生のバイブル的存在だった。出版社は、英和辞典など英語関連の書籍を中心に扱う研究社。1965(昭和40)年に発行された当時の装いで昨年末、復活した。当時の定価は「450円」とあるが、復刊版は3千円だ。

 初版は12(大正1)年。これまでの販売数は、記録として残るだけでも500万部を超えるが、正確な数字は、編集部も把握できていない。94年の発行を最後に、手に入りにくくなり、今回の復刊前にはネットの古書販売で「4万円」という値段がついたこともあったという。

 復刊を望む声は電話や手紙で届いていたが、社内には「商売になるのだろうか」という慎重論もあった。編集部を後押ししたのは、復刊を希望する声を集めるサイト「復刊ドットコム」で100件近いリクエストがあったことだ。

 「2、3千部売れればいいかな」という予想を超えて、現在、6刷8千部。読者層は40代半ばから。「よくぞ復刊してくれた」「青春の書との再会」と懐かしむ声がブログなどに書かれている。編集部長の吉田尚志さんは「半信半疑で復刊しましたが、こんなに売れるとは」と驚きを隠せない。

 今年6月には、高田瑞穂著「新釈現代文」(ちくま学芸文庫)が復刊された。読み物として手に取りやすいよう、文庫版としての復活だ。

 現在6刷で、やはり編集部の予想以上の2万部と伸びている。読者層も40代半ばからと、こちらも重なる。59(昭和34)年に出版されたこの本は「難関大を受験する時の必読書」だったが、平成に入ってから当時の出版社が倒産し、絶版になっていた。こちらもネットに、復刊を望む声が寄せられていた。

 この本は、当時の大学入試で実際に出題された文章が数多く使われている。

 刊行前には編集部で著作権所有者を探したが、初版の刊行が古いこと、問題文の書名や著者名がないこと、東京教育大(今の筑波大)など組織が大きく変わっていることなどから、多くが不明のままという。「もし、本書掲載の問題文にお心当たりの方がいらっしゃいましたら、小社までご一報を」と編集部のメッセージが最後につけられている。

 なぜ、受験など、遠い昔になった大人たちに、参考書が受けるのか。

 「新々英文解釈研究」の最初の例文はこう。

 「A man of learning is not always a man of wisdom.(訳・学者が必ずしも賢い人とはかぎらない)」

 著者にとっての自戒のようであり、知識人全般への警句のようである。かつての読者には、「例文が哲学だ」「解釈の格調が高い」とうつる。「点数を取るための即効性を追求する参考書があふれる中、どっしりとした英語力がつきそうなところが支持されたのではないでしょうか」と、編集部長の吉田さんは説明する。

 確かに、国語の参考書「新釈現代文」も、細かな活字がびっしりと並び、最近の受験生には手が伸びなさそうな本だ。色、絵が満載の今の合格ハウツー本からはほど遠い。

 早稲田大で日本近代文学を教える石原千秋教授(53)は自著「教養としての大学受験国語」(ちくま新書)の中で、「新釈現代文」を取り上げた。「大学受験国語参考書の定番」であり、「ほとんど勉強していなかった僕を、たった二週間の受験勉強で大学に合格させた優れもの」と絶賛。この本が、それまでの知識偏重ではなく、論理を重視した「1冊の思想書」であったことが、今読み返しても魅力があせない理由と紹介している。これは「ヤマテイ」にも通じる。

 石原教授は、40、50歳代が、二つの復刊参考書に「ノスタルジックな向学心」を抱いているからだ、と分析する。

 読者層の多くは中間管理職世代。迷ったり、岐路に立たされたりしている人も多いだろう。そんな時に過去の受験の成功体験をもう一度味わいたいのではないか、と続ける。「原点に戻って自分の実力を再確認したい、という癒やし効果もあるのでしょう。もし、それが幻想だとしても」

■江戸〜昭和の教科書展も好調

 「サイタ サイタ」

 「ハタ タコ コマ」

 カタカナの学習から始まる明治期や昭和前期の国語の教科書。こうした本を紹介する「近代教育をささえた教科書展」が東京都文京区の印刷博物館で開かれている(12日まで、入場料一般500円)。東京書籍が付設する教科書図書館「東書文庫」の蔵書を紹介している。入場者は、これまで約7千人と地味な展示会ながら好調だった。

 9月5日にあった東書文庫の上野健次郎館長の講演会は、定員を超える95人が参加した。年配者が目立ち、スクリーンに、それぞれの時代の教科書が映し出されると、参加者は熱心にメモを取りながら聴き入った。

 樺山紘一・印刷博物館長は「教科書は、僕たちの子どもの頃は命の次に大事なものだった」と懐かしむ。樺山さんは1941年生まれ、48年に小学校に入った。同世代の入場者が見入る気持ちがわかる。「一般の本とは、どこか、意味や重みが違うものなのです」

 大阪市から来たデザイナーの北川和夫さん(70)は昔の教科書を500点ほど集めている。「勉強が嫌いで、余白にいたずら書きばかりしていた。でも、昔の教科書は絵が良くて集めるようになった。時代の雰囲気が教科書に出てくるのも面白い」。若い人の姿も。東京都品川区立小学校の教諭、永山香織さん(33)は「古い教科書はなかなか見られないから、江戸時代の和算書を原本で見られるのは、いい機会です」と話した。(中村真理子)

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