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発信箱:アラフォーの再出発=下薗和仁

 誰にでも1人くらいはいるのではないか。何をやってもかなわないと思わせるヤツ。走っても、学校の勉強でも、魚釣りでも、けんかでも……。なんでも上手にやってのけてしまう。そんな幼なじみと久しぶりに電話で話した。

 「今何しとる?」「畑で修業中よ」「はあ?」

 彼は地方国立大学を中退してからこの方、定職に就いたことがなかった。いわゆるフリーターだった。さまざまな短期のアルバイトでしのぎながら四十路に入っていた。

 数年前、九州の田舎町で小さな建設業を営む父親ががんに倒れ、その後は看病介護と、傾いた家業の整理に追われる日々。この春、父親が亡くなり、一念発起して農業を目指すことにしたのだという。

 で、その修業先というのが、サトイモやゴボウの栽培、加工販売をしている農業生産法人だ。100ヘクタール以上の農場と食品加工工場に、百数十人の従業員。「朝の7時に出て、サトイモを処理する機械を洗い終わって帰るのが夜9時よ」。月給制だが時給にすれば最低賃金に近いらしい。それでも社会保険があり、将来の農業を目指す修業の場としては悪くないのだという。

 「これからの地方の生き残り策の一つだよ」と私。建設業、食品産業、農業の組み合わせは、低成長、雇用難の今、地方が活路を開くビジョンだと、何かで読んだ受け売りだった。「みんなもっと条件のいい仕事があれば移りたがってる。お前だってやってみれば分かるよ」。自嘲(じちょう)気味な答えが返ってきた。

 人は誰でも、実際は今置かれている境遇以上の人間だと信じたい生き物だという。そう信じるからヤツはまた明日もサトイモと格闘するのだろう。おそらく私より上手に。(報道部)

毎日新聞 2009年10月11日 東京朝刊

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