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【ネット】ツイッター・ジャーナリズム 浮かび上がる可能性と危うさ

2009年10月10日

  • 筆者 藤代裕之

 「当選確実なう」。民主党の逢坂誠二議員(北海道8区)は、衆院選での当選確実をTwitter(ツイッター)で報告した。

 2006年3月にサービスを開始したツイッターの利用が爆発的に伸びたのは、08年のアメリカ大統領選挙がきっかけだ。

 オバマ、マケイン両候補ともにツイッターを活用、討論会や集会の開催情報を知らせたり、政策や政治信条に関するメッセージを流したりして有権者とのコミュニケーションを図った。

 今年6月のイラン大統領選挙での混乱の際には、欧米メディアの取材や携帯メール、特定のサイトが規制される中、ムサビ元大統領の支持者がツイッターを使って情報を交換して抗議活動を繰り広げるとともに、世界に情報を発信した。アメリカ国務省が、イランからの情報発信を途切れさせないよう、ツイッターのサービス・メンテナンス時期の延期を指示していたことも明らかになった。

 アメリカでは「マイクロジャーナリズム」「ショートジャーナリズム」とも呼ばれ、ツイッターの影響力は拡大している。CNNが1991年に湾岸戦争の中継でニュースやジャーナリズムの世界にインパクトを与えたことが思い起こされる。だが、CNN時代と異なるのは、情報発信者がプロのジャーナリストではなく市民や活動家、政治家だということだ。

 人々が新たなウェブサービスを使って情報を発信することが、既存のメディアやジャーナリズムに影響を与える状況は、後退する気配はない。アメリカのメディアは自社のウェブページや記者ブログと、人々の情報発信の場であるソーシャルメディアとをどのように連携させていくか模索を始めている。

 日本では総選挙を前にした今年7月、ツイッターを利用する政治家の“つぶやき”を集めたサイト「ぽりったー」(http://politter.com/)が公開された。解散直前に開かれた自民党の両院議員懇談会の折には、橋本岳衆院議員(当時)が会場から生中継した。ただ、選挙活動でのツイッター利用は公職選挙法に違反する恐れがあり、選挙期間中は動きが止まった。議員の“つぶやき”は衆院選直後に再開し、当選手続きや議員会館の様子を伝えた。

 マスメディアや市民メディアもツイッターを選挙報道に利用した。毎日新聞、産経新聞、JanJanが選挙速報用に独自のアカウントを取得して情報を発信。ネットニュースサイトのJ−CASTニュースは、各地の有権者の声や政党事務所の模様の中継を試みた。今後、ネット選挙が解禁されれば、政治家のツイッター利用が増えることが予想される。ネット速報に力を入れるマスメディアにとって、当事者からの発信は強力な競合相手となるだろう。

 その状況は、芸能ニュースの世界ですでに見られる。芸能人のブログでの発言やある出来事への反応が、芸能記事に引用されることは珍しくない。政治記者の仕事に、政治家のツイッターのウオッチが加わり、時々ネットユーザーやネットニュースサイトに「抜かれる」ことが出てくるかもしれない。

 ただ、気軽な情報発信が思わぬ事態を招くこともある。

 選挙報道の情報を伝えていた産経新聞社会部のツイッターは、民主党圧勝が決まった8月31日早朝、「産経新聞が初めて下野なう」「でも、民主党さんの思うとおりにはさせないぜ。これからが、産経新聞の真価を発揮するところ」とつぶやいた。ネット上に反響が広がり、ツイッター上で「軽率な発言だった」とお詫びする事態となった。

◆影響力に応じて必要な発信者の自覚と検証

 また、選挙期間中には麻生太郎首相(当時)の発言を巡って、誤った情報が「本当の発言」としてネット上に広がるということもあった。麻生氏が「お金がないのに結婚はしない方がいい」と発言したとの報道に対し、ネットユーザーの一部は、マスメディアが発言を恣意的に切り取っているのではないかと疑問を持った。その際、あるツイッターユーザーが、発言の場にいた人からの情報として麻生氏の「本当の発言」を紹介したものが、マスメディアの報道とは違う真実として広まった。だが、この書き込みは出所不明で、裏づけのないものだったのだ。

 最終的には、共同通信のニュースサイト47NEWSが発言の音声を公開したことで、検証が進み、ネット上で議論が修正されていった。「本当の発言」も真実ではなかったが、「貧乏人は結婚するな」と見出しを付けた夕刊紙や「場全体が一瞬、凍りついたような雰囲気」と伝えたスポーツ紙の報道も違っていたことが明らかになった。

 ツイッターの140文字という短さがもたらすメッセージの断片化もトラブルの元だ。

 講演会やインタビューなどでの発言は、前後の質問と関連して発していることが多い。リアルならではの雰囲気もある。だが、“つぶやき”として断片化してネット上にひろがってしまうと、誤解や批判を引き起こさぬとも限らない。ツイッターでイベントでの発言を生中継することが流行しているが、発言者が後からネットを見てみると、まったく違うメッセージが広がっていることもあり得そうだ。

 新聞や雑誌でも、発言の一部を抜粋して記事を書いたり、見出しをつけたり、時には「問題発言」として報道することもある。しかし、ネットではそれが猛烈なスピードでコピーされ、広がっていく危険性がある。

 もはや、つぶやくネットユーザーもマスメディアに疑いを持つだけでは不十分だ。自らがメディアの担い手として、マスメディア同様の恣意的な切り取りをする可能性があることを理解しておくべきだ。当事者による発信は、アメリカやイランの例のように人々にパワーをもたらす可能性を秘めている。だが、根も葉もない噂を広げ、誰かを傷つける負の役割をも演じる結果になるかもしれないのだ。(「ジャーナリズム」09年10月号掲載)

   ◇

藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)

NTTレゾナント・gooニュースデスク。

北海道大学CoSTEP非常勤教員。 1973年徳島県生まれ。広島大学卒。立教大学21世紀社会デザイン 研究科修士課程修了。徳島新聞記者を経て、現職。

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