科学ドキュメント

宇宙を目ざす、トルコ人宇宙飛行士候補!(後編)

2006年11月26日    杉浦裕


小学校時代から独創的なアイデアを発表し続けたセルカンさん。その視線はいつも未来をみつめていたようです。


科学コンテスト優勝作品。クリーンエネルギーのサッカースタジアム構想

ドイツ国内小学生科学コンテスト優勝!

 セルカンさんの科学者としてのスタートは、なんと小学生時代まで遡ります。小学生時代から科学雑誌を読みふけっていた彼は、1979年に印象深い記事に出会います。
 それは、太陽 光からエネルギー を作るNASAの最新技術についての記事でした。
「未来には太陽 からつくられたエネルギー で生活するようになるんだとワクワクしました」
 そんな科学少年だった彼は、8歳のときにその後の人生を決定するような経験をします。
 1981年、ドイツで行われた小学生科学コンテスト。彼は先の雑誌にヒントを得て、太陽 光エネルギー を使った作品をつくろうと 試みたのです。
 試行錯誤の末に、太陽 光や水 力 など現在では「クリーンエネルギー 」と呼ばれるエネルギー で照明が点灯するサッカー・スタジアムの模型が完成。出品すると、コンテストで見事1位を獲得したのです!
 しかし、セルカンさんは優勝したこと以上に、自信を深めたことがありました。
「僕はサッカーと科学が好き。その2つを組み合わせた作品を自分がつくれたことが非常にいい経験でした」
 好きなものや楽しいと感じることを、科学と結びつけて研究するセルカンさん。その姿勢は、8歳のときすでにできあがっていたのかもしれません。


すこしおすましセルカンさん

不運な高校時代……けれども、タイムマシンによって救われた!

 科学コンテストでの活躍が認められ、セルカンさんはその後、スイスの寄宿学校へ入学。7年間におよんだスイスの生活では、勉強よりも、寮生活によってできた友だちが一番の財産だったそうです。
 じっさい人生最大の苦境を救ったのも、この仲間たちでした。
 セルカンさんは15歳のときにドイツに戻り、高校へ入学しました。ところが、2年生のときに学校の方針との相違により停学に。しかも、他の学校への転校も、卒業すらもできない状況に陥ってしまったのです。
「途方にくれていたとき、僕が友達と行っていたのが、タイムマシンの研究。この研究計画によって、アメリカのイリノイ工科大学から入学許可と奨学金 がもらえることになりました」
 セルカンさんはまるで昨日のことのようにホッとした表情を浮かべます。
 そこで、大学へ入学するために渡米。本格的に科学の道に進み始めることになりました。


インフラがいらない住宅の構想がこれ。

未来はロボットの時代だとしたら、人間だからできる仕事は何?

 高校生までのセルカンさんの方向性からすると、大学では、太陽 光エネルギー などの電気工学か、タイムマシンなどの宇宙 物理学の研究、というのがイメージできます。
 ところが、セルカンさんはまたも意外な選択をします。
 彼が選んだ進学先は、なんと電気工学でも宇宙 物理学でもなく、建築学科だったのです。
「なぜなら、未来はロボット の世界になると思ったからです」
 その理由を当然のように答えるセルカンさん。
「将来はロボット が計算や単純作業などを優秀にこなすようになる。それはもう見えていました。でも、もしロボット やコンピュータ が多くなったとしても、何かをデザインできる創造力 を持つようになるにはまだ時間がかかるだろうと 考えた。そこで建築の道を選択したのです」
 実に合理的な結論でした。セルカンさんが現在、東京大学に籍を置き、日本で研究を続けているのも建築を選んだ結果なのかもしれません。
 実は最初に来日したのは1998年。長野で行われた冬季オリン ピックでトルコ代表のスキー監督として来日したのでした。その来日の際に、「日本はテクノロジーの先進国というイメージもあったので、今度は日本で学ぼう」と考え、翌年東京大学の博士課程に入学したのです。
 来日してからは、日本では住宅や科学技術が研究テーマとして大事にされていることを実感し、さらに日本が好きになったそうです。


建築から宇宙までいろいろ考えるセルカンさん

未来の住宅は、人間にも自然にも役に立つもの

 その後、JAXA(宇宙 航空研究開発機構)での講師などを経て東京大学の助手に。現在、セルカンさんの研究テーマは未来の住宅です。
 具体的には、「インフラフリーの住宅」。「インフラ」とは、インフラストラクチャーの略で、水 道や電気など家庭や都市機能に必要な基本設備のこと。「フリー」とは、依存しないという意味。つまり、インフラがなくても暮らすことができる住宅を目 指しているのです。
 また、これもとんでもないアイデアのようですが、聞いてみると、実現性もありそうです。
 たとえば、太陽電池 を使えば、電線というインフラがなくても電気をつくることができます。
 あるいは、泥水 を浄化して飲み水 に変える技術や、空気 中の水蒸気 から をつくりだす技術を使えば、水 道管 というインフラがなくても が確保できます。
 これらの技術開発は、最近はじまったばかりのことですが、性能は日々上がっています。このような最新技術を活用しながら、私たちが不自由なく生活できる新しい住宅ができないかとセルカンさんは研究しているのです。
「インフラフリー住宅は、災害時にインフラが壊れてしまったときの避難住宅としても役立ちますし、最近注目 されているエコロジーの考え方に合った理想の住宅をつくることができるかもしれません。なぜなら、インフラを設置するために、地面に穴を掘ったり、木を切ったりする必要がなくなれば、現在よりも自然環境を壊さないで家が建つようになるからです」

 セルカンさんはいつも未来を見つめてきました。人の役に立つこと、よりよい未来をつくること。それらをつねに考え、そして現実的に自分には何ができるかを考えてきました。
 ここでは書き足りないくらいのエピソードを持つエネルギッシュな研究者であるセルカンさん。今後も私たちをアッと驚かせる研究を続けてくれそうです。


http://www.moriken.org/box/Serkan.mov