科学ドキュメント

宇宙を目ざす、トルコ人宇宙飛行士候補!

2006年11月26日    杉浦裕


世界中の人口のわずか0.000008%しかいない宇宙 飛行士候補。しかもトルコ人初となる宇宙 飛行士候補に選ばれた工学博士アニリール・セルカンさんに、宇宙 について教えてもらいました!


スポーツマンのようなセルカンさん

宇宙飛行士候補セルカンさんをたずねて、東大の研究室へ

 1階にはカフェもあり、大学の研究棟とは思えないほど明るいイメージの東京大学本郷キャンパス11号館。エレベーターで8階まであがると、「はじめまして!」との声。
 出迎えてくれたのが、ドイツ生まれのトルコ人研究者アニリール・セルカンさんでした。予想外なほど流ちょうな日本語と明るい笑顔が印象的です。
 マンガで描かれる科学の研究者と言うと、ぼさぼさ頭で白衣を着た人というのがよくあるイメージ。でも、セルカンさんは、まったく違いました。
 スポーツマンのような立派な体格に、黒いTシャツとジーンズ姿……。研究者どころか、お洒落なスポーツ青年といった佇まいです。
 ただ、このセルカンさんがふつうの青年と違うのは、宇宙 飛行士候補であること。
 トルコ国籍を持つ彼は、トルコが宇宙 飛行士を派遣する際には、真っ先にスペースシャトル に乗る人なのです。
 現在、宇宙 飛行士候補は世界で約500人。つまり、セルカンさんは、世界65億人のうちわずか0.000008%(!)の選ばれし人なのです。


若い頃にはスキーの代表選手になったことも!

宇宙飛行士候補にはどうやってなったの?

 宇宙 飛行士になることは、多くの人が憧れていることでしょう。もちろんセルカンさんも小さい頃からのあこがれだったのだろう……と思いきや、聞いてみれば「宇宙 飛行士になりたいと思ったことはなかったんですよ」とのこと。またも予想外な答えです(!)。
 宇宙 飛行士候補になったのは、なんと偶然だったと言います。
「ぼくは2001年からNASA(米国航空宇宙 局)の『宇宙 エレベーター』開発チームに、科学者として参加したのですが、その滞在中、たまたまNASAで母国トルコの空軍長に会ったのです。その空軍長から、トルコが国家として宇宙 飛行士を生み出す計画があることを聞かされた。その時は、自分に関係あることかどうかはわからず話を聞いていました。ところが、後日その空軍長の推薦で『トルコ初の宇宙 飛行士にならないか?』という申し出があったのです。これには驚きました」
「そのとき、どう感じましたか?」と尋ねると、セルカンさんの答えは、またまた予想外のもの。
「宇宙 に行くことより、トルコの代表になったことのほうがうれしかったんです」
 それはまたどうしてですか?
「中高生の頃、ぼくはスキーのトルコ代表選手として選ばれた経験があります。その時に国家の代表になる誇りを知ったのです。だから、そちらのほうがうれしかった。そして、個人的に何より楽しみだったのは、宇宙 飛行士候補になることで、人との出会いが増えることでしたね」
 


宇宙までひとっ飛びの宇宙エレベーター!

エレベーターに乗って宇宙へ行こう!

 さて、さきほどセルカンさんの発言にさりげなく不思議なものが入っていました。宇宙 飛行士候補に選ばれるきっかけとなったという「宇宙 エレベーター」です。
 エレベーターなら身近にありますが、宇宙 エレベーターっていったい……?
 でも、これは冗談ではありませんでした。セルカンさんによれば、宇宙 エレベーターとは、文字通り、地上と宇宙 をエレベーターで繋ぎ、宇宙 との行き来を簡単にするもの。夢物語のように聞こえますが、実際に研究が進められているのです。
 現在もっともよく知られている宇宙 エレベーター計画は、2000年にNASAが米ヒューストンの学会で発表したものです。これは、地上から高度約4万 kmの宇宙 まで結ぶエレベーター。高度約4万 kmというと、富士山が約1万個分というとんでもない高さ(!)。
 でも、そんな巨大な構造体をつくるためには、現在建築に使われている素材?? やアルミの強度では不十分です。鉄 やアルミのような素材では、たとえ頑丈につくっても、もし強い台風 が襲ったり、大きな地震 が起きたら、ボキリと折れてしまうことは間違いありません。
「そこでNASAは途方もない計画を立てました。なんと巨大な隕石 をエレベーターの宇宙 側にくっつけて、その遠心力 でエレベーターを固定する を得ようとしていたのです。その案も安定性などで、ちょっと無理があったと言うべきでしょうね (笑)」


NASAで海中訓練中のセルカンさん

セルカンさんが考えた「ATA宇宙エレベーター計画」の特徴は?

 それらNASAの案に比べると、セルカンさんが同じ2000年の学会で提案した「ATA宇宙 エレベーター計画」は、より実用的なものでした。
 「ATA」とは、現在のトルコ共和国の基礎を築いた政治家ケマル・アタチュルクのアタの部分。近代トルコの父にちなんで付けた名称でした。セルカンさんは、ATA宇宙 エレベーターの特徴を「建設費用が他のものと比べて安く、今でも実現可能な材料でできることです」と胸を張ります。
 「ATA宇宙 エレベーターのケーブルは4000km。従来の計画のたった1/10の長さなので、単純計算しても建築材料が少なくすむのです。なぜかと言えば、このエレベーターは(人工衛星 のように)地球の衛星 軌道上に浮いているからです。地上側で乗り込むポイントは高度150kmの位置。この高さまで、スペースシャトル で乗組員を運ぶ。そうすることで、地上にエレベーターを固定する必要がなくなる。しかも、現在ある新しい建築素材(炭素結晶 であるカーボン・ナノチューブなど)で建設できるわけです」
 そう語るセルカンさんの口ぶりからすると、いますぐにでもできそうな感じです。
 「ATA宇宙 エレベーター計画」にしても、とんでもないスケールの計画ですが、人工衛星 が大きくなったものだと考えれば、少しは現実可能なものとして想像 できそうです。
 現在セルカンさんはこの計画から離れていますが、「ATA計画」はかたちを徐々に変えながら、NASAでの研究は続けられているとのこと。はたして実現する日はいつでしょう?


セルカンさんの考える11次元宇宙。

11次元って……!?

 もう一つセルカンさんが行った宇宙 の研究を紹介しておきましょう。それは、1996年に仲間たちと発表した「11次元宇宙 理論」です。これは、宇宙 のかたちを数学的に証明しようと試みたもので、この研究によって、セルカンさんは宇宙 物理学者という肩書きも持つことになりました。
 宇宙 飛行士候補に選ばれたことを「偶然」だと語ったセルカンさんですが、彼ほど宇宙 に詳しい研究者で、同時に、勉強にもスポーツにもバランスが取れた人なら、選ばれて当然なのかもしれません。
 では、そんなセルカンさんの若い頃はどんな少年だったのでしょう?
 なぜ、宇宙 飛行士候補なのに、現在は建築学科に所属しているのでしょう?
 次回はその謎を解き明かします!