「変容する時代にメディアの原点を問う」をメーンテーマに、松山市で1、2日、マスコミ倫理懇談会全国協議会の第53回全国大会が開催された。新聞、出版、放送など各報道機関から約330人が参加。裁判員制度や新型インフルエンザなど六つのテーマで報道の役割や意義について論議し、どうすれば一層、国民の信頼を得られるかについて話し合った。取材・報道する側が直面した問題にかかわる三つの分科会の内容を報告したい。
■検証 裁判員裁判の取材・報道
「検証 裁判員裁判の取材・報道」の分科会は、8月から始まった裁判員裁判の現状と、これまでの報道から見えてきた課題を中心に話し合った。
まずは裁判終了後の裁判員会見問題。各地で裁判所職員が同席して行われており、冒頭撮影は認められているものの、録音は禁止。このため、記者たちは終了後に改めて裁判員に依頼し、応じてくれた裁判員に別の場所で補足取材している。
TBSの神田和則社会部長は、さいたま地裁のケースで、補足の会見が地裁内で認められず、200メートル離れた県庁記者クラブに移動して行われたことを報告。「(録音などが認められない)1回目の会見は本来の会見になっていない。会見のあり方を見直していかないといけない」と問題提起した。
また、裁判員に対しては評議の内容を話さないよう「守秘義務」が課せられている。さいたま、山口、和歌山の3地裁で、地裁側が「守秘義務違反の恐れ」を理由に、裁判員の発言を途中で制止しようとしたり、後に記者側に報道の自粛を求めたケースも報告された。
介護にからむ山口の殺人未遂事件のケースでは、「保護観察を付けた気持ちをお聞きしたい」と記者が裁判員に尋ねたところ、いったん報道自粛を求めた裁判所側が内部で協議したうえで「問題ない」として、要請を撤回したという。
会場からは「本音を聞き出すため、記者側は工夫しながら微妙なやりとりを報じている」「現状の厳しすぎる義務規定を見直すべきだ」などの意見が出た。また、裁判員裁判が各地で行われるようになり「感想だけを聞く会見は意味がなくなってきた」との声も。守秘義務の壁はあってもさらに真実に迫る努力の必要性が確認された。
一方、裁判所と検察、弁護人の3者が、公判前に争点を整理して絞り込む「公判前整理手続き」についても、疑問が呈された。非公開なので何を話し合っているのか見えず、「ブラックボックス化している」(放送局関係者)と批判した。
東京で行われた初めての裁判員裁判の弁護人を務めた伊達俊二弁護士も「個人的には、公判前手続きをなぜ秘密にするのか疑問。プロセスが隠れてしまう」と述べた。また、「覚せい剤の密輸のような事件まで裁判員対象事件にする意味があるのか」と疑問を投げかけた。
このほか、裁判員裁判の実施を前に、事件報道で「情報の出所を明示する」「容疑者・被告側の主張もできる限り取材し、報道する」など、各社が進めた改革の実施状況についても報告された。【伊藤正志】
■内部告発と報道
「警察から情報もらって記事をもらってパソコンで文章作る。報道機関はいま、それだけになっています」。「内部告発と報道」分科会で講演した仙波敏郎・元愛媛県警巡査部長(60)は厳しく指摘した。現職警察官として初めて警察の裏金問題を実名告発。陰に陽に続いた組織の圧力に耐えた目には、報道各社の姿勢は甘く映る。しかし、最後は「ペンの力で裏金の根絶を」と呼びかけた。
周囲は当たり前のように裏金づくりのための領収書偽造に協力していたが、仙波さんは拒否し続けてきた。昇進なし、いやがらせとしか思えない転勤命令の連続。そして、05年1月、「現職でないと意味はない」とカメラの前で実名で告発した。定年までまだ4年ほどあった。
仙波さんの講演を受けて、報道側も経験を交え発表。隣の高知県警の裏金問題を追及した高知新聞の竹内誠・社会部副部長は振り返った。「以前は、(他社より少しでも先に報じる)特ダネを取ることがすべてだった。しかし、裏金問題を書けば警察組織を敵に回すことになる。迷いに迷ったが、相談した部長から『取った情報は読者のものだ』と言われ決断できた」
自分の会社や組織の不正を知った人がそれを告発することで、告発者自身が不利益を受けることがあってはならない。しかし、分科会では「通報者を守る仕組みが不十分だ」という意見が相次いだ。06年4月には公益通報者保護法も施行されたが、そもそも同法は外部に告発するには高いハードルが設けられ告発しにくい仕組みになっているとされる。「通報者が失職などして経済基盤を失ったとき、それを補償する基金などの創設が必要なのではないか」という意見には賛同する声は多かった。
また、防衛秘密を漏えいしたとして防衛省情報本部の1佐が懲戒免職処分(08年10月)になった事件や、奈良・母子3人放火殺人事件を題材にした本を巡る調書漏えい事件で精神科医が有罪判決(09年4月)を受けた事件も論議され、「取材される側のみをターゲットにして、内部の引き締めを狙った動きには警戒が必要」との意見が出された。【滝野隆浩】
■えん罪と報道
「えん罪と報道」分科会では、90年に栃木県足利市で4歳女児が殺害された「足利事件」を中心に論議した。容疑者として逮捕され、再審開始決定を受けた菅家利和さんが発した「無実のシグナル」をなぜ取材する側が見過ごしたのかが論点の一つになった。
まず、再審裁判を担当する笹森学弁護士が、報道機関が菅家さんの1審で無実主張に転じたことを見過ごし、特に菅家さんが弁護士や親族に無実を訴える手紙に注目しなかった点を指摘した。また、逮捕や有罪の決め手となったとされるDNA鑑定の精度についても、「決定的な証拠になるとの誤解を与えた」と述べた。
これに対して、当時取材した記者が手紙について、「当時は被告と面会できず、弁護士にお願いしてみても、『私信』を理由に見せてもらえなかった。家族も取材に応じてもらえなかった」と当時の苦しい状況を説明した。別の地方紙記者も「(手紙など)否認を担保するものがあれば軌道修正できたと思うが、(公判での否認をきっかけにした)調査報道に結びつかなかったことは、大きな反省点だ」と述べた。また、DNA鑑定については「目新しいDNA鑑定に引きずられた反省はある」(在京放送局の参加者)と振り返った。
一方、裁判が長期にわたることで、取材側の問題意識が希薄になるという実態も取り上げられ、ある地方局の参加者は「専従でやった方がいいが、組織としてはなかなか難しい」と明かした。
笹森弁護士は「(報道機関は)引き継いでいる情報をその都度評価し、捜査、弁護士以外の第三の視点を保つ必要があるのではないか」と指摘した。
分科会には、菅家さん本人も出席し、公判取材した記者が、「捜査、裁判をチェックする仕事が果たせず、誠に申し訳ありませんでした。心からおわび申し上げます」と直接頭を下げる一幕も。菅家さんは「謝ってもらえるのは、うれしいことはうれしいです」と終了後に述べた。
分科会座長の近藤基一郎・徳島新聞編集局次長は「第1報としばらくたった時と状況が違うことがある。反省すべきは反省し、訂正すべきは訂正してニュースを伝えることが私たちの役目だ」と締めくくった。【臺宏士】
毎日新聞 2009年10月5日 東京朝刊