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五輪開催逃した…「NO」と言われた東京

 IOC総会の招致プレゼンテーションに臨む鳩山首相(左)と東京都の石原知事=2日、コペンハーゲン(共同)
 IOC総会の招致プレゼンテーションに臨む鳩山首相(左)と東京都の石原知事=2日、コペンハーゲン(共同)

 2016年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会は2日、コペンハーゲンで行われ、1964年東京大会以来2度目となる五輪開催を目指した東京は、シカゴ(米国)、リオデジャネイロ(ブラジル)、マドリード(スペイン)と争った投票の2回目で落選した。直前の招致プレゼンテーションで鳩山由紀夫首相、石原慎太郎都知事らが環境重視の姿勢を強調したが及ばなかった。リオデジャネイロとマドリードによる決選投票の末、リオデジャネイロの初開催が決まった。

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 「東京五輪」は幻に終わった。1回目の投票で有力視されていたシカゴがまさかの最下位で落選。東京に大逆転での“当選”という望みがつながった。だが、その後、すぐに発表された2度目の投票で東京は落選。悲願はならなかった。

 その瞬間、東京都庁で待機していた関係者たちから一斉にため息が漏れ、重苦しい空気に包まれた。コペンハーゲンの総会に駆けつけていた男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治は「すべてを出し切った。IOC委員が将来のスポーツ界のことを考えての結果。どこの国がいいとか、悪いかではない」と冷静に状況を分析した。

 東京は財政基盤と治安の良さを背景に、1964年大会から受け継ぐ遺産や環境に配慮した「新世紀の五輪」を打ち出したが、IOC委員に訴える開催意義の切り札を欠いた。世論の盛り上がり不足もあり、票固めのロビー活動でも後手を踏んだ。日本の夏季五輪招致は名古屋がソウルに敗れた88年大会、大阪が北京に敗れた08年大会に続いて3連敗となった。

 選手を優先した会場配置で約7割の既存施設で半径8キロ圏内に大半の競技施設が収まる「史上最もコンパクトな大会」を計画。書類審査だった昨年6月の第1次選考は7都市中トップの評価で通過したが、視察団による現地調査などを経てIOCがまとめた評価報告書では、計画の細部で問題点を指摘されていた。

 IOC総会には都職員70人余を自腹で参加させるなどしたが、選挙戦の土壇場でライバル都市の勢いに押されてIOC委員との面会が進まず、焦って憤慨するJOC幹部もいた。結局、惨敗した大阪や名古屋の反省を生かせず、IOC委員を振り向かせる国際戦略も言葉も足りなかった。

 「最後のご奉公」の3期目も残り1年半となった石原慎太郎都知事にとって求心力回復の起爆剤になるはずだったが、落選は政権末期の石原都政に大きな打撃となるだろう。都の幹部は「招致活動費は公表している150億円どころじゃない。住民監査請求が相次ぐのでは」と頭を抱えた。

 最後の大きな招致イベントだった9月23日の表参道パレード。石原知事はオープンカーに同乗した招致大使タレント萩本欽一さんに漏らした。

 「こんなに尽くしたんだから、これで東京で(五輪を)やらなかったら本当につれえよ…」

 77歳の知事は20年五輪の「再チャレンジ」に頭を悩ませ、周囲に相談しているという。

(2009年10月3日)





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