病院などの医療現場で支援活動をする医療ボランティアが注目されている。医師不足など各地で医療を取り巻く状況が厳しさを増し、その必要性が高まる中、近年は患者の視点を持ちながら医療・患者・地域をつなぐ「懸け橋」役としての期待も高まっている。【細川貴代】
「今日はどうしましたか」。研修医の問いに、患者役の男性が「胸が痛くて」と答えた。男性は肺の病気と判明し、研修医は翌日から1週間の入院を勧めた。だが、男性は理由を言わず「急な入院は無理」と繰り返すだけ。詳しい事情を聞き出せず、時間が経過した。
今年3月に奈良県の病院の研修医を対象に行われた模擬診察の一場面だ。ポイントは、患者の事情を聴いた上で、治療と入院の必要性をどう説明するか。患者役を演じた男性は、研修を受けたボランティアだ。設定はあるが、演技より患者の立場で感じたことを的確に伝える能力が求められる。「目を見て話す姿勢に信頼感を感じた。でも、もう少し話を聴いてほしかった」と、男性は意見した。
模擬診察は患者・医療者間のコミュニケーション能力の訓練が目的だ。日本では90年ごろ始まり、最近では大学医学部でも導入され、模擬患者役のニーズは急増している。
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医療ボランティアは、患者が落ち着いた気持ちで治療を受けられるよう、医師や看護師らと協力して患者を支える活動だ。医療活動はできないが、模擬患者のほか、病院での外来患者の案内や車椅子の介助、入院患者の付き添いや話し相手、患者図書室での案内など幅広い。在宅治療を受ける患者の散歩や話し相手など、地域での活動もある。
日本では1962年に淀川キリスト教病院(大阪市)でボランティアの受け入れが始まり、95年の阪神大震災以後に急速に導入が進んだ。「日本病院ボランティア協会」(同)によると、74年の設立当初は34団体だった加盟団体は216団体、1万1160人(9月18日現在)に増えた。財団法人日本医療機能評価機構(東京都)が病院の機能や医療の質などを評価する病院機能評価の項目にも挙げられ、病院でのボランティア導入を後押ししている。
同協会の倉橋広子副理事長(57)は「ボランティアは活動の中で学びや気付きを得る。これからは患者の視点で病院に提言し、病院からの情報を地域へ発信する役目も担う『懸け橋』の役目が期待されている」と話す。
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特定非営利活動法人「ささえあい医療人権センターCOML(コムル)」(大阪市北区、06・6314・1652)は今年6~9月、より幅広い知識を持つ「医療者と患者の橋渡し役」の育成を目的としたボランティア養成講座を初めて開いた。
講座は全7回。活動内容や心構えを中心に学ぶ一般的な養成講座と異なり、医療の変遷や医療費の基本、医療が直面している課題なども学ぶのが特徴だ。定員の2倍を超す約120人が参加した。東京都や高知県など遠方からの参加もあり、看護師など医療職、患者の参加も目立った。
乳がん患者会の世話人を務める石井浩子さん(55)=大阪府岸和田市=は、患者会活動の中で医療費など医療制度の基礎を学ぶ必要性を感じて参加した。「がん治療では高額の医療費がかかる理由が分からなかった。医療の仕組みを知ることである程度納得できた。患者会での相談活動に生かしたい」と話す。
コムルの山口育子事務局長は「医療の仕組みについて市民は学ぶ機会が乏しい。現状を理解し、患者の視点で発言できる懸け橋役の市民が育てば医療も変わる」と説明する。
コムルは後期講座(11月~来年2月)も開く予定で、現在受講生を募集している。
医療ボランティアを始める前には、受け入れ機関が事前に開く研修を受けて心構えや注意点を学ぶのが一般的。各地の社会福祉協議会などでボランティア養成講座が開かれており、受講するのも手だ。募集は社協や病院ごとに行われている。「日本病院ボランティア協会」のホームページ(http://www.nhva.com/)では募集中の病院を公開。活動の注意点や心構えについて書かれた「病院ボランティアガイドブック」(500円)も発行している。
毎日新聞 2009年10月2日 東京朝刊