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子どもに語り継がれぬ事故

2009年09月27日

10年前の9月30日、東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所で、核分裂が止まらなくなった。臨界事故。漏れ出した放射能を恐れ、住民は逃げまどい、東海村とその周辺はパニックに陥った。作業員2人が亡くなった。民生用原子力施設の事故で死者が出たのは、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)以来という大惨事だった。国内原発の安全神話が完全に崩れた。この10年の間に、JCOは燃料加工をやめたが、他の原子力施設では依然として大事故や不祥事が相次いでいる。石油燃料の高騰や二酸化炭素削減という昨今のトレンドから、原子力エネルギーを見直す動きがある。それはそれでいいのだが、大事なことが忘れ去られようとしていないだろうか。(この企画は吉野慶祐、東郷隆が担当します)

「蒸し暑い日でした。ぼくは放送委員としてお昼の放送を流すため、給食を食べながら放送室にいました。すると、急に先生が飛び込んできて、『早く窓を閉めなさい!』と怒鳴りました。ぼくは何が起きたのか分からないまま窓を閉めました。先生の口から出た言葉は予想だにしないことでした。『原子力施設で爆発事故が起きた』」
 JCO東海事業所から約2・5キロ離れた東海中学校(生徒631人)で18日、原子力事故を想定した防災訓練があった。臨界事故が発生した当時、同中の3年生だった男性講師(24)は校内放送を使って5分にわたり、当時の様子をゆっくりと生徒に語りかけた。
 講師は県内の高校に通った後、8年間東海村を離れていた。昨年、たまたま母校に赴任した。防災訓練を見て、「命にかかわるのに、子どもたちが事故が起きると本気で考えていない」と感じた。
 具体的な事故のイメージを少しでも生徒に持たせようと思った。自らの避難体験を話したいと8月の職員会議で話題にし、認められた。
 防災訓練では、講師の体験談が語られた後、「原子力発電所から事故が発生」と校内放送が流された。生徒たちは教室の窓やカーテンを閉め、被曝(ひ・ばく)を防ぐために窓から離れ、教室の真ん中へと集まった。どの教室も40人近い生徒の熱気ですぐに蒸し暑くなった。生徒たちの頭に、講師の言葉がよみがえった。「当時、窓を閉め切った教室は蒸し風呂状態。約4時間学校に閉じこめられて精神的に疲労しきっていた」
 1年生の男子生徒は言った。「この学校で実際にそういうことがあったとは知らなかった。当時の生徒たちは本当に怖かったと思う」
     ■
 臨界事故の後、県内すべての小中学校で本格的に、原子力教育が始まった。「原子力の正と負、両面を正しく伝える」との目的だ。しかし現在、原子力の知識を身につける学習や防災訓練は続けられているものの、事故を伝える動きは徐々に縮小傾向にあるように見える。
 核分裂により大量の放射線を発生させた沈殿槽のレプリカや、事故の解説映像などを展示している村の原子力科学館を訪れる小中学校は東海村、那珂市には近年ない。
 県の義務教育課は毎年、教師を対象に原子力教育についての研修を開くが、内容は原子力学習の指導方法に終始し、事故の伝え方などは話し合われない。さらに、各校で年間3時間義務づけられている原子力教育の時間は、防災訓練と原子力学習に費やされ、事故について触れる時間はほとんどなくなっている。
 「事故を生かそうと始まったはずの教育が、いつの間にか原子力知識の偏重になっている」。08年に脱原発を訴えて再選された相沢一正村議は、目下の教育現場に危機感を募らせる。
 東海中は9月初旬、全校生徒にアンケートを実施した。そこでは、「事故があったのは知っているが、どういう事故か具体的には知らない」という生徒が9割に達した。
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 事故がありのままに語られない学校や家庭。そこには原発と共生する村のジレンマがある。
 村民約3万7千人の3分の1が原子力関連の仕事につくとされる。施設からの固定資産税や交付金に関連産業の村民の住民税などを含めると、村の税収の6、7割が原子力で成り立っているとも言われる。
 ある小学校の教頭は「原子力のおかげで今の村がある。あまり負の面に触れたくない」と本音を漏らす。隣接する那珂市の小学校で原子力教育を担当する教諭(35)も、「事故を伝えると、どうしても『原子力は怖い』という方向に行ってしまう。原子力関係施設で働く親がいる生徒にも配慮しないといけない。伝えなければいけないのは分かっているのだが……」と現場での葛藤(かっ・とう)を打ち明ける。
 臨界事故が起きた当時、身をもって体験した恐怖と怒りを誰もが語り継ぐべきだと思ったはずだ。それが10年たち、「臨界を知らない子どもたち」が増えてきた。教育すべきは子どもでなく、口をつぐもうとする大人たちなのかもしれない。

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