名城逆転劇生んだ笑顔の名参謀

大逆転ＴＫＯ勝利防衛を決めた名城は藤原俊志チーフトレーナー（後方）と感激の表情

　またボクシングを好きにさせてくれた。４月１１日のＷＢＡスーパーフライ級タイトルマッチで王者・名城信男（２７）＝六島＝が８回ＴＫＯ勝ちで初防衛に成功した。地上波のテレビ放映がなかったことが悔しくなるような、ボクシングの醍醐味を感じさせる鮮やかな逆転劇だった。

　０７年１１月末。上司からボクシング担当と告げられた時、私は電話口で大泣きした。「なんで、私が、ボクシング？」ボクシングは子どものころからテレビで見ていたし、嫌いだったわけではない。分からなかったのだ。熱烈なファンがいるこの競技を、詳しく知らない私が取材していいのか。記事を書いていいのか。正直、半年ぐらいは悩みながらだった。自分の中でその気持ちが変わったのが、昨年９月。名城がベルト奪還に臨んだ王座決定戦だった。

　この試合は大接戦。同じファイタータイプの河野公平と接近戦も決め手を欠き、ポイントは僅差と思われた。中盤だっただろうか。インターバルでセコンドを見ると藤原俊志チーフトレーナーが笑っていた。「藤原さんが笑っている。まだ余裕なんだ。秘策があるんだ」そう思った私もマジックにはまっていた。名城が判定勝利を呼び込んだ転機は９回。「汚いボクシングでええんや！」藤原トレーナーのゲキを合図に、名城は右アッパーを多用し、そこから流れをつかんだ。後で聞いたら笑顔こそ秘策。藤原さんが「ピンチの時にオレが焦っていたら伝わるから」といい、名城も「僕も救われた」という笑顔。技術以外の隠れた勝因に、知らなかったボクシングの魅力を教えてもらえた気がした。面白い、と思った。

　そして今回の防衛戦。ピンチは前回の比ではなかった。楽に勝てると思われていた同級９位・冨山浩之介に、１回に左フックを食らってプロ１４戦目で初めてのダウンを喫するのだ。この時のインターバル。やっぱり藤原さんは笑って声をかけた。「何してんねん」その後、３回から５回まで盛り返したその矢先、また６回に左フックでダウン。さすがに名城自身は、焦っていた。「ＫＯしないとダメですね」しかし藤原さんはこの時も時々笑顔を見せて落ち着いて「しっかり組み立てていこう」と指示を出した。落ち着いて・・・のように見えたが、そんなわけはなかった。試合直後、報道陣が密集した控室から離れた場所に一人でいたので「良かったですねえ」と声をかけたら「ほんまは僕もめっちゃ怖かったです」と目をギュッとつぶった。チャンピオンのいない場所で、こっそりと泣きそうな顔をしていた。

　藤原さんが笑顔の効力を痛感したのは王座を初奪取した０６年７月のカスティーリョ戦だったという。世界初挑戦で名城もセコンド陣も緊張感に包まれていた１回、終盤に左フックでダウン寸前のダメージを負った。この最初のインターバルで藤原さんは「１回、良かったやん」と笑い、名城は「そうですね。えへへ」と返してきたという。これが２人ならではの呼吸法になった。

　名城は今から４年前、自分が戦った選手が試合後に亡くなるという経験をしている。引きこもりになったこの時も、唯一、藤原トレーナーの電話にだけは出たという。笑顔の相手は、絆で結ばれていることが大事。どんなピンチでも信頼する名参謀が笑っていれば力になるのだろう。藤原さんと名城の仲はなんだか夫婦のよう。名城は４月２９日に結婚する。私が名城の彼女だったら、２人の関係に嫉妬心を抱いてしまうほどだ。

　１１日、テレビ解説で来場していたＷＢＣバンタム級王者の長谷川穂積もこの藤原マジックに気づいたらしい。翌日、長谷川から藤原さんに電話がかかってきて「藤原さん、笑顔でしたね。ああいうセコンドいいなあ」といわれたとか。ボクシングはチームプレー。普段から築く信頼関係が本番でものをいう。自分とかけ離れていた世界と思っていたリングは、今では何だかうらやましくて仕方ない場所になっている。

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