電車の中で小さくくしゃみしたら、隣の客がすっと席をずらした。ハンカチマナーを忘れてごめんなさい。街中でもマスク姿を頻繁に見かける。新型インフルエンザの患者数が急増し、10月には流行のピークを迎えそうだ▲新型インフルエンザはぜんそくなどの持病のない人なら、多くは軽症で自然治癒する。患者の間近に近付かなければ感染しにくい。欧米ではすでに山を越えたが、わが国は学校閉鎖などの対策が奏功して、ピークの到来が遅れたという▲だからパニックを起こさないで、といっても、日ごろ健康だった若い世代の死亡例を聞くと、不安が募るのも無理はない。ピーク時は発熱患者で病院の大混雑が予想され、毎日新聞の調査に対して半数近くの都道府県が医師不足の懸念を訴えている▲これでは毒性の強い鳥由来の新型インフルエンザが発生したら、医療が崩壊する。感染症の権威である朝野(ともの)和典・大阪大教授はそう警告する。現場の頑張り任せでは、早期治療で救える患者を助けられない事態も起こりうる▲それに対応するには、空気感染も防げる高度な装備を整え、専門訓練を積んだ公的な医療チームを育成し、災害派遣なみに出動する仕組みが不可欠という。「今年の教訓を生かし、行政がリーダーシップを発揮して体制作りを急いでほしい」。朝野教授の提言だ▲政権交代で「ミスター年金」長妻昭・厚生労働相が就任した。消えた年金はもちろん、生活弱者の支援など解決すべき課題は多いが、インフルエンザ対策を早急に、根本から見直す機会でもある。専門家のさまざまな意見を生かしてほしい。明日では遅すぎる、かもしれないのだから。
毎日新聞 2009年9月23日 東京朝刊
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