記者の目

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記者の目:最高裁裁判官国民審査 罷免率突出=森本英彦

 先月の衆院選と同時に実施された最高裁裁判官の国民審査で、竹崎博允(ひろのぶ)長官ら9人全員が信任された。過去に罷免例はなく、いつも通りの結果といえるが、「異変」もあったことを報告したい。07年の最高裁大法廷判決で衆院選の「1票の格差」を合憲とした涌井紀夫、那須弘平両裁判官の罷免率(有効票に対する罷免を求める率。過半数で罷免)が突出したのだ。

審査対象は、15人の最高裁裁判官のうち05年の国民審査後に就任した9人。「形ばかりの投票」が多いと言われる国民審査では通例、告示順1番の裁判官の罷免率が最も高く、他は大差ない。ところが今回は、告示順3番の涌井氏が1位、6番の那須氏が2位になった上、他の7人の罷免率が6%台だったのに対し、涌井氏は7.73%、那須氏は7.45%に達した。05年は7.63~8.02%の0.39ポイント幅に対象の6人が並んだが、今回は1.73ポイント幅に広がった。

 一見小さな差にも見えるが、涌井氏は全47都道府県、那須氏は42都道府県で、9人の罷免率の平均を上回り、特に東京では涌井氏が11・26%、那須氏が10・95%と他の裁判官より3ポイント前後も高かった。東京と同じく「1票の価値」が低い神奈川や千葉でも同程度の差がついた。近年の国民審査でここまで顕著な差が出るのは異例のことだ。

 1票の格差が最大2・17倍になった05年衆院選を合憲とした大法廷判決には、審査対象者9人のうち3人がかかわった。涌井、那須両氏は多数意見に賛同し、田原睦夫裁判官は「憲法の趣旨に沿うとは言い難い」と指摘した。これに対し、格差解消を目指す弁護士や経済人ら有志が7月、「一人一票実現国民会議」を設立。新聞への意見広告やインターネットのホームページ(HP)で判決を取り上げて国民審査への参加を呼び掛けたことが、審査結果に大きく影響したとみられる。

 この結果は、有権者に判断材料が届けば、国民審査が実効あるものに変わる可能性を示したといえる。発起人の升永英俊弁護士は「1票の格差に対する裁判官の考え方がもっと知れ渡れば、今後は更に大きな差が出て、『1人1票』を認めない裁判官は罷免されるでしょう」と話す。

 司法制度改革審議会も01年の意見書で「国民による実質的な判断が可能となるよう裁判官の情報開示の充実に努めるなどの措置を検討すべきだ」と提言している。しかし、なお裁判官情報が浸透しているとは言い難いのが実情だ。

 国民審査公報には裁判官の略歴、関与した主要な裁判、心構えなどが記されるが、内容は味気なく、十分な判断材料とは思えない。最高裁がHPで各裁判官の紹介を充実させ、裁判での個別意見を比較的簡単に参照できるようにしたのは評価できるものの、大半の国民が対象者を知らないことに変わりはない。審査期間中に経歴放送を流すことなども真剣に検討されていい。

 最高裁判事は内閣が任命するが、どんな基準で選ばれるのか不透明なことも問題だ。02年からは官房長官が選考理由を説明しているが、通り一遍の内容だ。例えば昨年、竹内行夫氏を任命した際は「外務事務次官、条約局長、インドネシア大使などを務め、国際法の分野をはじめとして豊富な行政経験を有し、人格、識見ともに優れており、最高裁判事として適任と考える」といった具合だ。

 「憲法の番人」にふさわしい人物か国民がチェックするのが審査の目的であることを考えれば、内閣や最高裁には一層の説明責任が求められる。また、その責任は選任の場面に限った話ではない。

 横尾和子氏が昨年、最高裁判事を依願退官したとき、最高裁事務総局は「在任期間が長くなり、事件処理に区切りがついた」と説明しただけだった。元社会保険庁長官の横尾氏に対しては、年金記録漏れ問題の責任を問う声が出ていたが、本人は何も語らない。健康上の理由ではなく70歳の定年前に退官するのは異例で、司法記者クラブは退任会見を求めたが、横尾氏は応じなかった。職責の重さと説明責任を自覚していないと言わざるを得ない出来事だった。

 国民審査の形骸(けいがい)化が指摘されて久しい。辞めさせたい裁判官に「×」を書き、無印なら信任したことになる投票方式や、事実上1度だけの審査に、就任したばかりで関与裁判が少ない人が対象になる場合がある(憲法は10年ごとに再審査を受けると規定)--など制度上の問題もある。

 昨年9月から毎日新聞は最高裁裁判官の就任会見の動画を総合情報サイト「毎日jp」に掲載している。めったに触れない映像や肉声を提供することの意義は大きいと考えたからだ。裁判員制度が始まり、司法と国民の距離が近くなる中、メディア側としても一層の工夫をしていきたい。(東京社会部)

毎日新聞 2009年9月17日 0時16分(最終更新 9月17日 15時57分)

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