--宗教も革命思想も、「システムの悪」を発動し得るという面は共通する。
「今の社会では非寛容性、例えば宗教的な原理主義や、旧ユーゴスラビアのようなリージョナリズム(地域主義)が問題になっています。昔は共産主義対資本主義とか、植民地主義対反植民地主義といった大きな枠組みでの対立だったのが、だんだんリージョナルなもの、分派的なものになって、それが全体を見通すことが困難な混沌とした状態を生み出しています」
--『1Q84』に、破壊的な力を持つ「リトル・ピープル」という不思議な存在が現れる。
「リトル・ピープルがどういうものか、善か悪か、それは分からないけれど、ある場合には悪(あ)しき物語を作り出す力を持つものです。深い森の中にいるリトル・ピープルは善悪を超えていると思うけれども、森から出てきて人々にかかわることによって、ある場合には負のパワーを持つのかもしれません」
--とはいえ、善悪や価値観の対立を、単に相対化する姿勢が示されているのではない。
「僕が本当に描きたいのは、物語の持つ善き力です。オウムのように閉じられた狭いサークルの中で人々を呪縛するのは、物語の悪しき力です。それは人々を引き込み、間違った方向に導いてしまう。小説家がやろうとしているのは、もっと広い意味での物語を人々に提供し、その中で精神的な揺さぶりをかけることです。何が間違いなのかを示すことです。僕はそうした物語の善き力を信じているし、僕が長い小説を書きたいのは物語の環(わ)を大きくし、少しでも多くの人に働きかけたいからです。はっきり言えば、原理主義やリージョナリズムに対抗できるだけの物語を書かなければいけないと思います。それにはまず『リトル・ピープルとは何か』を見定めなくてはならない。それが僕のやっている作業です」
村上春樹さんのプロフィル 早大卒。06年にフランツ・カフカ賞、09年にエルサレム賞(イスラエル)を受賞。作品は40を超える国・地域で翻訳されている。60歳になった今年は、『風の歌を聴け』でのデビューから30年に当たる。
村上春樹さんの主な作品
1979年 『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)
1980年 『1973年のピンボール』
1982年 『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)
1985年 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)
1987年 『ノルウェイの森』(上・下)
1988年 『ダンス・ダンス・ダンス』(上・下)
1992年 『国境の南、太陽の西』
1994~95年 『ねじまき鳥クロニクル』(第1~3部、読売文学賞)
1997年 ノンフィクション『アンダーグラウンド』
1998年 ノンフィクション『約束された場所で』(桑原武夫学芸賞)
1999年 『スプートニクの恋人』
2002年 『海辺のカフカ』(上・下)
2004年 『アフターダーク』
2009年 『1Q84』(第1、2部)
2009年9月17日