デジタル世代を肯定した上で人間性を謳い上げる“ポスト・ジブリ”最有力アニメ
かつて冒険映画は秘境や宇宙を目指したが、ネットに耽溺する世代にとって最も刺激的な体験を、この映画は見事に射抜いている。高2の草食系男子・健二が校内のアイドル・夏希先輩に連れ出され、やってきたのは彼女の田舎。今どきのティーンにとって、この状況ほど冒険的なものはない。人間関係が希薄になった若者には、約30名から成る厄介な親戚一同との遭遇の方が、よっぽど異世界を感じるはずだから。
数学の得意な健二に端を発し、ネットに依存した日本中のインフラが崩壊、挙句の果ては世界の終わりが訪れる。隕石衝突なんぞより現実味のある、イデオロギーなき悪戯のような最終テロに立ち向かうのは、老婆を中心とする親戚縁者の結束力だ。そんなアナログ・パワーに触発されたデジタルキッズ・健二の内なる能力が全開する。細田守は、運命の相手とのひと夏の体験で自我に目覚める「時をかける少女」と、ネットの混乱が現実を侵蝕する「デジモンアドベンチャー/ぼくらのウォーゲーム!」の要素を統合させ、老婆に秘められた生きる力への敬意という意味では、監督降板に至った「ハウルの動く城」で果たせなかった想いも遂げている。
もはや仮想と呼ぶには現実的すぎるデジタル・ネットワークと、生々しい人的ネットワークの対比が鮮やかな本作は、2つの世界を行き来することで得た世代ならではの能力こそが、世界を救うという楽天性が心地よい。これは、デジタル世代の可能性を肯定した上で、人間的な繋がりの素晴らしさを謳い上げる、“ポスト・ジブリ”とも呼ぶべき国民的アニメだ。
(清水節)