「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

2009年8月31日(月)

踊る阿呆の「祭り」のあとに

2/6ページ

印刷ページ

 であるから、2ちゃんねるでは、スレッド数が50を超えた頃には、「新聞は事態を黙殺している」「テレビは報道から逃げている」と、2ちゃんねるとマスメディアの温度差について言及する意見が目立つようになっていた。
 
 8月の20日過ぎには、今度は、麻生総理の失言(学生を集めたイベントで、学生の質問に対して「金が無いなら結婚はしない方が良い」と答えた)をとらえたスレッドが、67まで数を伸ばした。

 このスレッドでも事情は同じで、麻生非難派と擁護派の書き込みは、途中からほとんど同じセリフのコピペに終始するようになる。この場合も、「スレッド数の増大」が自己目的化し、「祭り」は、もっぱら「祭りの拡大」のために開催されている状態になった。

 無論、ずっと昔から、2ちゃんねるは、プロパガンダの舞台だったし、商品宣伝の最前線でもあれば、悪意あるゴシップの温床でもあった。「祭り」にしても、一般人の関心とはまるで別なところで起こっているものが少なくなかった。

 たとえば、「左翼対右翼」、「サカ豚(サッカー豚→狂信的サッカーサポ)vs焼き豚(野球豚→カルト的野球ファン)」、「アンチダウンタウン」VS「アンチとんねるず」、「SMAP婆VS嵐婆」、「ジャニオタVSアンチジャニ」といった、不毛な対立を孕んだタイプの論争は、祭りになりやすい。対立する陣営の一方が大量書き込みをしてきた場合、もう一方の陣営が黙っていると、その場で「負け」が決定してしまうからだ。で、いきおい、一般人にはどうでも良いような不毛な論争に、とんでもない数の書き込みが蝟集することになり、そうしたスレッドは、無責任な煽りや野次馬を含めて、さらに繁盛することになる。

 公の場所では口に出せない感情や、マスメディアが報じないあれこれが人気を集め、差別、偏見、暴力およびエログロナンセンスないしはロリータ趣味やSMのような変態趣味が注目を引く。でもって、人種や民族への罵倒が同志を糾合し、怒りや嫉妬や恨みみたいな、そうしたネガティブな情報が客を呼ぶ傾向が顕著になってもいた。

 とはいえ、どんなに荒れているように見えても、全体から見れば、その種のネガティブな祭りは、やはり圧倒的な少数ではあったのだ。

 それが、今回のプロパガンダ合戦を通じて、徐々に占有率を高めてきている。私にはどうしてもそう思える。

*   *   *

 2ちゃんねるの世論は、不思議なことに、総アクセス数が増えるにつれて、一般と遊離してきている。

 私が個人的に抱いている感じでは、ずっと昔、2ちゃんねるがまだオタクの巣窟と呼ばれ、引きこもりやニートのメディアと見なされていた時代の方が、むしろプレーンなカタチで世論を反映していた気がするほどだ。

 たとえば、私が自分のホームページを始めたころは、2ちゃんねるは、まだ一般人には敷居の高いメディアだった(2ちゃんねる開設は1999年5月)。なにしろ、インターネットに常時接続でぶら下がっている人間の数自体が、圧倒的に少なかったわけだし。

 だから、当時の2ちゃんねるは、今と比べてずっとオタク寄りだった。アニメやコンピュータに寄り添った話題の多い場所でもあった。

 が、それはそれで世論をビビッドに反映しているところもあって、私自身、芸能ニュースやタレントの話題性を判断する際には、2ちゃんねるのスレッド消費スピードを参考にしていた。いまにして思えば、不見識だったかもしれないが。

 が、ここ数年、2ちゃんねるはおかしい。
 出入りする人間の数が増えて、客層もずっと幅広くなったはずなのに、話題は、むしろ偏ってきている。

 簡単に言えば、2ちゃんねるは、ある時期から、プロパガンダの場所になったということだ。

 今回、選挙をめぐる騒動を通じて、2ちゃんねるが進んでいる方向は、ある程度はっきりした、と私は考えている。

*   *   *

 故筑紫哲也氏が、ネット言論を評して「便所の落書き」と言った時、ネットワーカーを自認していた私は、大いに反発したものだった。

「オレらの言論が便所の落書きだというのなら、あんたは便所そのものじゃないか」

 と。

「オレたちは、確かに便所の壁に言葉を書き連ねている通りすがりの素人かもしれない。でも、あなたたちが自分たち専用の器を通じて専用の管の中に流し込んでいるアレは、いったいどういう素性の言論なんだ?」
 
 もちろん、当時と現在では、事情が違う。
 ネット言論に対するマスメディアの側からの攻撃の質も変わってきている。




Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)


Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント18 件(コメントを読む)
トラックバック

著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

⇒ 記事一覧

ページトップへ日経ビジネスオンライントップページへ

記事を探す

  • 全文検索
  • コラム名で探す
  • 記事タイトルで探す

記事ランキング

編集部よりお知らせ

日経ビジネスからのご案内