BASEBALL SPECIAL 2008〜野球道〜
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ベーブ!MLBダイジェスト
MLBダイジェスト 2008
高木豊コラム
気持ちの大きさ
2009年8月 VOL.3

 北海道日本ハムがインフルエンザに見舞われた。この間、日本ハムは本来の力が出せず、先週金曜からのソフトバンクとの3連戦で3連敗を喫してしまった。3戦目は主力組が復帰したが、ソフトバンクの杉内が2安打15奪三振という素晴らしいピッチングを展開した。打たれたヒットは初回先頭の田中と、9回2アウトからの高橋のみ。文句のつけようのない、素晴らしい内容だった。
 だが、この試合で、私は杉内の一つの仕草が気になってしまった。それは、最後の打者・スレッジを空振り三振に取ったときの、余りにも大きなガッツポーズである。

 日本ハムは言うまでもなく、インフルエンザの流行によって一気にチーム状態が悪くなってしまった。この日、主力が復帰したと言っても、彼らが本来の状態でないことは投げた杉内が一番わかっただろう。糸井にしても小谷野にしても、とてもこの日の杉内を打てるような状態ではなかった。
 言わば手負いの日本ハムに対して、いくら離れていたゲーム差を3タテで縮めたと言っても、圧巻のピッチングで自己最多の三振を奪ったと言っても、そんなにも喜ぶのはどうなのだろう。嬉しいのはよくわかる。だが、少し前まで徹底的に検査をされたり、隔離されたりした選手たちに対して、もう少し敬意と礼儀を持ってくれてもいいのではないだろうか。
 試合中のガッツポーズはわかる。試合中ならば集中しているし、まだ勝負の最中だからだ。だが、試合が終わった瞬間のガッツポーズは少し違うと思う。もう試合は終わったのだ。そこには、礼節が残っていてほしい。

 こんな話をされて、何を説教くさいと思う方もあるかと思う。実は、私にも同じような経験があるのだ。私がまだ若手のころ、まだスーパーカートリオと呼ばれるような時代の前に、ある試合でホームランを打った。まだ年に何本打てるかという頃だったから、それはもう嬉しくて、打球を見ながら一度、そしてホームインの時にもう一度という風にガッツポーズをした。その日はそれで終わった。

 翌日、球団から呼び出しを受けて、何があったのかと思って球団社長の所に行った。すると、社長は「昨日のガッツポーズは何だ」と言われた。私はただ嬉しかったからだと答えたのだが、社長はこういう話を始めたのだった。
 打たれたピッチャーにも生活があり、家族があり、その試合はそのピッチャーの両親、友人、奥さんや子供まで見ている。そうした人たちが見ていることを思えば、ガッツポーズはするべきでない。何食わぬ顔でホームに帰って来いと、そういう話だった。そして、社長は「お前にはもっと大きな選手になってほしいんだ」と付け加えた。
 まだ若かった当時の私は、その社長の言うことをあまり理解できなかったが、今になればわかるように思う。手を抜け、ということではない。相手に対して礼を失するなということである。勝負は勝負で真剣だが、それが終わった後には過度の感情を出すべきでないということだ。メジャーリーグで、ホームランを打った後のガッツポーズが基本的に許されていないのも同じことである。

 武士の情と言うとまた少し違うが、そういう相手への礼は、一流選手であるほど持っていて欲しいと思う。私は杉内のガッツポーズを見た時に、その素晴らしい投球の感動が半減したように感じてしまった。というのも、やはり杉内がリーグを代表する投手であり、相手を思いやる、相手の事情を察するというところまで視野が広がっている選手だと思っていたからである。言うまでも無く杉内は、日本シリーズMVPに始まり、最多勝や沢村賞も獲得した、現代を代表するピッチャーの一人だ。いかに3タテを決めた試合であっても、いかに離されかけていた相手の背中が見えてきた瞬間であっても、手負いの相手に勝っただけだという風に、相手の窮状を思いやってほしかった。

 例えばヒーローインタビューで、日本ハムの状態に対して何か一言でも労わりの言葉をかけるとか、そういう形でもいい。相手は違うチーム、敵のチームと言えど、同じプロ野球選手ではないか。
 これは私がそう感じただけであり、試合を見ていた読者の方々があの時どう感じたか、そして私の意見をどう感じるかはわからない。特にソフトバンクファンの皆様がどう思われるのかは少し怖い。だが、一つ理解していただきたいのは、私は杉内にそれだけ大きな気持ちを持った選手でいてほしいと願っている、ということだ。やはり大選手というものは、気持ちも大きくあるべきだ。そういう意味で、杉内の快投は素晴らしかったが、気持ちがまだ小さかったように思う。
 杉内は素晴らしい投手だ。何しろ、松坂・ダルビッシュ・岩隈に次いでWBCの主力を務めたピッチャーである。そして、まだまだ伸びる力を持っていると思う。だからこそ、一つの勝利、一度の快投に満足せず、泰然自若として構えていてほしい。
 今回は杉内一人の話題になってしまったが、それは誰であっても同じである。大きな気持ちを持ち、誰からも愛され、気持ちの良い試合を見せてくれる選手が増えていってほしい。

たまッチ!
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