日本は、安くて質が良く、患者がいつでも受診できる医療を提供してきた。こうした態勢は、医師の超過勤務や過重労働に代表される犠牲の上に成り立っていたものだ。社会保障の充実こそが重要な政策課題のはずなのに、小泉政権は社会保障費を年間約2200億円削減し、さまざまな課題が改善されなかった。
医師で県健康安全局長を務めた経験から実感したのは、現場の医師不足だ。医療には集中的に人とモノを投入しないといけないのに、供給元となる医学生を増やさなかった。
医師の偏在も原因の一つだ。人気のある診療科目に人が集まり、勤務が過酷とされる産婦人科に従事する医師は少ない。私は脳外科医だが、内科でも開業できる今の仕組みに疑問を感じる。医師の偏在を解消するために、地域、診療科目ごとに医師数を適正に配分する公的な仕組みがあってもいいだろう。
県内では、妊婦の救急搬送問題が全国的に注目された。07年に橿原市の妊婦が救急搬送中に死産した問題を機に、総合周産期母子医療センターの整備を進めた。ただ、奈良は大阪よりも産科医が少なく、病院数など施設面でも劣る。
例えば、県境の生駒市民は橿原市にある県立医大病院より、大阪府内の病院のほうが近い場合もある。立地や医師数などの条件面を考えると、現在、都道府県単位で取り組んでいる医療政策をもう少し広域的にとらえることが重要だ。国と地方との権限の分配について検討することも必要だろう。
現在、民間の老健施設で管理医師をしている立場からすると、老健施設はもっと必要だ。介護が必要な高齢者を地域で受け入れることが難しくなっている。家族の負担が大きくなり、虐待が起こる。老健施設は少なく、介護を担う介護士は薄給で、働く条件が悪い。
医療や介護の問題に取り組むには、県だけでは限界がある。国がきちんと手当てし、再構築すべきだ。【聞き手・阿部亮介】
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■人物略歴
1953年、広島市出身。77年、県立医大卒。県立医大付属病院などを経て、06年4月、県健康安全局長。09年4月から「若草園」(安堵町)管理医師。脳外科医。
毎日新聞 2009年8月26日 地方版