西条市三津屋の2児の母、安藤こころさん(20)は先月、陣痛が来て夫の車に乗り込んだ。近くの市立周桑病院(350床)は2年前に医師不足でお産の受け入れをやめたため、今治市内の病院に急ぐ。車で約30分。途中で破水し、痛かったことしか覚えていない。
「近くで出産できたら良かったのに。夜間に診てくれる小児科も近くになく、出産後も不安です」と漏らす。初めての国政選挙。安心して子育てができるよう、医療を重視する党や候補に投票するつもりだ。
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県内の医師不足は深刻さを増す。診療科の休止が各地で相次ぎ、四国中央市の県立三島病院について、県は民間に移譲する方針を打ち出した。
地域の中核病院の周桑病院も、02年に36人いた常勤医が今月24日現在、10人のみ。小児科や整形外科などは外部の医師に頼み、週に数日だけ診察する。産婦人科は07年に常勤医がいなくなり、お産の休止に追い込まれた。06年度に扱ったお産は約190件。地域にお産の受け皿はなくなった。
地方の医師不足は、04年に導入された新医師臨床研修制度で加速した。研修先を自由に選べるようになり、地方大出身の研修医が都会に流出し始めたのだ。都会から再び県内に戻る医師は少ない。周桑病院に医師を派遣する愛媛大医学部付属病院でも、研修医が減って医局の人手が足りなくなり、県内の病院への派遣も減った。
愛媛大医学部付属病院総合臨床研修センター長の高田清式(きよのり)教授(54)は「手を尽くしている。学生には『県内に残って、明日の愛媛の医療を担ってくれ』という気持ちだ」と語気を強める。
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先月結成された「西条市立周桑病院を守り充実させる会」の川原光明会長(68)は困惑する。「なぜ急激に地域で医師が減ったのか。住民にとっては『いったい何が起きたんだ』という気持ちですよ」。医師確保などを市に求めようと、会のメンバーで署名活動を始めた。1カ月で4840人分が集まったという。
川原会長は言う。「各党のマニフェスト(政権公約)は医学部の定員増や地域医療の再生を主張する。だが、まずは地域医療が崩壊した原因をしっかり総括すべきだ」
各党は医療など社会保障を重視し、マニフェストに対策を盛り込む。毎日新聞社が19~21日に行った特別世論調査でも、「最も重視する争点」は、県内では「年金・医療・介護」が最も多い3割を占めた。一刻も早い地域医療の再生を求める有権者の視線は厳しい。【柳楽未来】
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30日投開票の衆院選は各党がマニフェストを示し、争点は多岐にわたる。医療、農業、雇用、経済--。県内を歩き、それぞれの課題を取材した。
毎日新聞 2009年8月25日 地方版