「処方箋に先生のサインがありませんでした」。カルテをひっくり返しながら、抗がん剤の処方箋を記載漏れのないよう注意深く書き上げて、やっと昼食…。本田氏のPHSが鳴ったのはそのときだった。処方箋にサインをするため外来に戻ると「内科の患者さんが外科受診を希望されています…」。結局、今日も昼食はとれなかったと本田氏は笑う。
自ら臨床医として診療を行いながら、医療再生へ向けて、さまざまな活動を精力的に続ける本田氏。医師の努力には、すでに限界が来ている。現場を知り、国内外の医療行政の問題にも通じる本田氏が、今、医療政策に期待しているものは何なのか。
―政権交代により、医師不足は解消へ向かうでしょうか。
医師の養成数を1.5倍に増やせば、確かに時間はかかりますが、OECD平均に追いつけるかもしれません。しかし、それでも3つの問題が残ります。1つには、単純に医学部の定員を増やすだけでは、医師教育体制のキャパシティーの不足が予想されること。2つめに、医師・看護師をサポートする医療従事者が不足していること。3つめに、地域による医師の偏りを解消しなければ、結局、医師不足の地方が残ってしまうことです。
メディカルスクールの導入も同時に検討すべきだと思います。キャパシティー以外にも、現在の医学教育にはシステム的な限界があります。小学校から受験勉強を強いられてきた人間に、高校卒業の時点で自分に医師としての適正があるか否かを判断させることは問題です。医学部入学後も、落第すれば1年を棒に振る医師国家試験の準備に追われる。そして、卒後はすぐに臨床研修。医師が人間としての社会性をはぐくむ余裕が、今の体制にはないんです。
それなら、社会人経験、または4年間の大学生活を送った上で「人の役に立ちたい」「あの地域の医療を支えたい」という志を持った人材をメディカルスクールで受け入れ、4年間で集中的に良き臨床医を育てる方が、医師不足の解消にもつながる。実際に、欧米ではメディカルスクールの方が医学教育として高く評価されているんです。
医師不足が指摘される日本でも、たとえば循環器外科医は多いと指摘されます。なぜでしょう? 欧米では人工心肺はME(Medical Engineer)の担当ですが、日本では場合によって人工心肺までも医師が自ら担当しています。事情を知らない人には「日本の循環器外科医は一人あたりの手術数が少ない。腕が悪い証拠だ」などと揶揄される始末です。
PA(Physician Assistant)やNP(Nurse Practitioner)など、欧米ではすでに導入されている医師・看護師を助ける職種も、日本にはありません。薬の処方やカルテの記載、術前説明や術後管理などすべてを、日本では卒後2〜3年の医師が担当していますが、欧米ではPAがやります。日本の医師は医師以外の職種が担当可能な業務に追われ、スペシャリストがスペシャリストとして教育されて、活躍できる体制ができていないのです。
私が勤める済生会栗橋病院は埼玉県にありますが、人口あたりの医師数は、埼玉が全国で最下位なんです。ただ、埼玉は若年人口が多く有病率が低いために、どうにか持ちこたえていました。しかし、東京のベッドタウンですから、団塊世代が多いんです。その世代の高齢化が急速に進行して医療需要が爆発的に増えていく中、いつまで耐えられるか。このように、将来必要な医師や専門医の数は地域によって異なります。厚労省が霞ヶ関で決めるのではなく、地域医療体制構築の権限は各地方へゆだねるべきだと思います。「甘い情報分析と遅い基本方針転換」を一刻も早く改めるべきです。
―霞ヶ関の解体・再編も政策に盛り込まれていますが。
厚労省の描く青写真が、必ずしも、各地方、各病院の実情に合っているわけではありません。
たとえば、2001年から2002年にかけて、厚労省は電子カルテの導入に補助金を付けました。当時は導入総額の1/2が補助されるものでしたが、当院では導入を見送らざるを得ませんでした。なぜなら、導入時だけ補助金がついても、その後の維持費が、赤字経営の中からは捻出できないと判断したからです。もちろん、業務の軽減にITが役立つことは否定しません。最近、当院でもレントゲン写真を電子化しましたが、それには実際に助けられています。
しかし、診療報酬点数を低く据え置いたまま、紐付きの補助金を出す現在のやり方では、各病院の実情に合った施策が打てません。医療従事者を増員するにも、ITをはじめとした病院設備を充実させるにも、まず第一に、補助金ではなく診療報酬点数を増額し、各病院の黒字化・健全化を実現する必要があります。
―医師・看護師のためのパソコン「CF-H1」をどう評価されますか。
医師・看護師など現場の声を聞いて設計・開発されたこと、欧米での導入実績がすでに多数あることは評価できますね。 持ち運びができて、PACSなどを通じて画像を見られるのも便利です。褥瘡を記録するときなど、今は別途デジカメを持ち歩かなくてはいけませんが、CF-H1はデジカメが内蔵されている点もいいですね。
看護師の業務負荷を低減するのにも役立つでしょうね。今はベッドサイドで体温など患者さんの状態をメモして、それを病棟へ戻ってからパソコンに入力していますが、ベッドサイドで記録が打てれば時間を節約できる。バーコードリーダーで点滴薬剤の確認ができるのは、患者安全にもつながりますね。
現在、医師や看護師不足で困っている病院こそ、こうした有用なITをうまく活用して業務の効率化を図るべきです。そのためにも、政府の今後の医療政策に期待したいですね。良い機器を現場がスムーズに導入できるように、診療報酬点数を増額する。私も積極的に提言を行っていくつもりです。