初盆に飾った写真の中でほほ笑む吉田愛さん(当時31歳)に、夫の竜さん(36)=愛知県津島市=は涙ぐむ。妊娠7カ月だった5月1日、赤ちゃんとともに亡くなった。
愛さんはのどの痛みを訴え1週間前から掛かり付けの産婦人科、耳鼻科で受診した。4月30日夜、腹痛が襲った。その日3度目の診察。赤ちゃんは死んでいた。名古屋市の病院へ搬送された愛さんも死亡した。死因は心不全。所見には子供に感染しやすく壊死(えし)性筋膜炎などを引き起こす「溶連菌が原因」とあった。病院の説明は納得できない。なぜ、3カ所もの医師は命を救えなかったのか。
一部のマニフェストは、医療事故の際、裁判を起こさなくても金銭補償を受けられる制度創設を掲げる。竜さんは「金の問題ではない。なぜ妻は死ななければならなかったのかを明らかにして、同様の問題が起きないシステムを」。医療事故に詳しい愛知県弁護士会の堀康司弁護士(39)は「医療事故情報開示が争点になっていないことは失望だ」と話す。
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「この時間、伊勢市の病院しか対応できません。我慢させたら」。受話器の向こうで消防に設置された医療相談担当者は言った。車で1時間はかかる。昨秋、午前5時。三重県志摩市の中村紘世さん(30)は、嘔吐(おうと)を繰り返す2歳の娘のそばで焦った。
志摩地域の中核病院だった県立志摩病院は、05年ごろから三重大からの若手医師派遣が止まった。06年11月、妊婦の救急受け入れができなくなり、今年4月、産科医ゼロに。今は小児救急もない。研修医が研修先を選べる新制度が地方の医師不足に拍車をかけた。
愛知県豊橋市から嫁いだ中村さんは、風光明媚(めいび)な土地が気に入り友人に「こっちで結婚すれば」と話していたが、今はとても言えない。「実家の豊橋なら助かる命もここでは……」。その日は結局、苦しむ娘を我慢させ、朝一番に近所の小児科医に駆け込んだ。
中村さんは、「志摩の子ども達を守る母親の会」を作った。今年4月、病院の協力を得て、「家庭でできる救急度チェック(子ども版)」を作成した。母親の不安を少しでも解消するためだが、もう一つ理由がある。「軽症なのに救急に行く人がなくなれば医師の負担も減る。医者を大事にする地域と思ってもらえれば、いつか戻ってきてくれるかもしれない」との期待だ。
各党は、医師不足解消や地域医療の再生をうたうが、物足りない。「どうすれば地方に医者が来るか具体的でない。数を増やしても来てくれるとは限らない。地域で献身する医師を育てる方策がほしい」=つづく
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◆愛知県春日井市、男性会社員(30)
2歳の長男が入れる保育園がなく、妻は仕事を辞めざるを得なかった。不景気なので共働きしたい。子育て支援の実行を。
◆愛知県岡崎市、女性公務員(32)
財政に余裕があるとは思えないのに、ばらまきのような政策もある。自分や子供たちの世代にツケを回さないようにしてほしい。
◆名古屋市中区、主婦(32)
育児環境をもっと整備して。ベビーカーに乗せて歩いていると、街に段差が多いことに気付く。道路を整備するときに気を配ってほしい。
◆岐阜市、フリーライター、女性(27)
実家の近くの病院が医師不足で合併した。診療制限もあると聞き、家族の健康が心配。地方は高齢化も進み、医師数の確保を。
◆三重県鈴鹿市、材木業、男性(31)
老後の頼みは国民年金。納付額は夫婦で年約35万円。受給は可能なのかと疑問が残る。健全会計であることを立証してほしい。
毎日新聞 2009年8月21日 中部朝刊