95年7月、東京・八王子のスーパーで3人の女性が射殺された凶悪な事件は、15年の時効成立まであと1年になった。パートの稲垣則子さん(当時47歳)、アルバイトの高校2年、矢吹恵さん(同17歳)と前田寛美さん(同16歳)。被害者3人の家族、教諭、同級生、同僚……。それぞれが、今年も暑い夏を迎えた。【山本浩資、青木純】
「この八王子で14年前、何があったか知っていますか。私の生徒が拳銃で殺されました」。4月11日、八王子市の市立中山中学校。銃を模したエアガンで撃ち合う「サバイバルゲーム場」計画を進める運営会社が開いた説明会で、前田さんの担任だった渡辺拓美教諭(59)が立ち上がり反対を訴えた。
「よりによって八王子に作る話は見過ごすことができない」「人殺しゲームが面白いと教えるのですか。私は認めない」--。近隣住民約250人が聴き入る中、涙の訴えは10分間に及んだ。
計画はその後、住民の猛反対で白紙になった。「『銃は怖いもの』と発信し続けることが、銃で理不尽に娘を殺された親、同級生を奪われた生徒を見てきた私の義務です」。渡辺教諭は言う。
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矢吹さんが通っていた私立桜美林高校(東京都町田市)で25日、毎夏行われる「矢吹恵 召天記念礼拝」が営まれた。
30歳を超えた同級生たちが見つめる先には、ショートカットの髪でほほ笑む高校生の矢吹さんの写真。その周りをヒマワリの花が彩る。「明るいメグには、ヒマワリが似合う」とみんなで決めた。
事件3週間前に行った沖縄への修学旅行で、矢吹さんと同部屋だった後藤恵美さん(30)は、沖縄でも歌った賛美歌を口ずさむと、思い出が駆け巡る。一緒に泳いだ与論島の青い海、ベッドの上でしたおしゃべり……。後藤さんは「思い出すのはメグの笑顔ばかり」と泣いた。
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真夏日となった15日夜、JR八王子駅近くの繁華街で、50年営業し続けた高級クラブ「琥珀(こはく)」が閉店した。稲垣さんはかつて、この店のナンバー1だった。「ずっと気がかりだったけど、事件解決より先にお店が閉じてしまった。ああいう残忍な事件は忘れちゃいけないね」。稲垣さんを知る店のホステス(38)は、静かに最後のグラスを置いた。
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矢吹さんの両親は警視庁を通じ、手記を公表した(抜粋)。
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時効まであと1年となってしまいました。「時効」という言葉を聞くたびに、心が締め付けられる思いになります。しかし、私たちは「まだ1年もある」と前向きな気持ちに切り替えています。必ず警察が、犯人を逮捕してくれるはずだからです。
その半面、時効制度の撤廃を嘆願しています。いくら時間が経過しようとも、罪を犯した者は、法の裁きを受けるべきであり、逃げ得を許すわけには絶対にいかないのです。
最近、ふと、「怖がり屋だった恵も、今年は31歳になって、夫や子供たちに囲まれ、幸せな日々を送っているのかな」と考えてしまうことがあります。
私たち家族にとってみれば、たとえ何年経(た)とうとも、平成7年7月30日のあの日から、時間は止まったままになっているのです。
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■ことば
95年7月30日午後9時15分ごろ、東京都八王子市のスーパー「ナンペイ」大和田店で稲垣則子さん、前田寛美さん、矢吹恵さんの3人が射殺され、金庫に銃弾が撃ち込まれていた。八王子署捜査本部が関心を寄せているのは、覚せい剤を所持したとして中国で死刑判決(確定)を受け収監されている日本人の40代の男ら。捜査本部は、中国側に捜査員受け入れを要請しているが、まだ回答はない。
毎日新聞 2009年7月26日 東京朝刊