「同じイスラム法廷なのに、政府の裁判所には誰も来ない」
旧支配勢力タリバンの影響力がじわじわと広がりを見せるアフガニスタンのカブール州東部サロウディ地区。元判事のスレイマン地区長(35)は、人けのない裁判所前でため息をついた。
アフガニスタンの裁判はイスラム法(シャリア)に基づく。しかし、国の裁判所を避け、タリバンが運営する「法廷」を頼る人々が急増している。理由は司法の腐敗だ。
「裁判で必要な証拠書類の作成を巡り、行政や警察などがわいろを求める。判事がイスラム法の知識に乏しかったり、有利な判決を条件に金品を要求する。一方、タリバン法廷では提訴後すぐにタリバン指導部内の司法委員会が協議し、一両日中に判決が出る」
2年前、若手判事仲間と腐敗追放運動を始めたが、スレイマン氏は「有力判事らにつぶされた」と証言する。
タリバンが州土をほぼ掌握した中部ガズニ州ギラン地区。強盗に遭い、警察に出した被害届を放置された商店主ザヘルさん(32)は、タリバン法廷に訴えた。「タリバンがすぐに犯人グループを逮捕し、顔にタールを塗って市中を引き回した。その後、強盗事件はなくなった」。地区にある国の裁判所は半年前から、仕事がないため判事が来なくなり、閉鎖されたままだ。
ただザヘルさんは「裁判所が機能していればタリバン法廷には行かなかった」と言う。厳罰主義が恐怖政治へと発展した旧タリバン政権の再来を恐れるからだ。
こうした構造的な腐敗は、米軍の攻撃でタリバン政権が崩壊した後の02年に始まった国際支援のあり方に根差しているとの指摘がある。当時、計画相として援助受け入れの実務に携わり、今回の大統領選に立候補しているバシャルドスト氏(44)はこう振り返る。「洪水のような復興資金は、拠出国側も使途をほとんどチェックせず、政府関係者らの不正使用を野放しにした。権限を持つ者が不法行為に罪悪を感じない風潮が広がった」
オバマ米大統領は、カルザイ政権の「汚職体質」を指弾する。しかし、「構造的な背景を指摘しない個人批判は、問題の本質にふたをしているように見える」とバシャルドスト氏は手厳しい。
今年1月、カブールで起きた2件の自爆テロ。いずれも政府職員が死亡したが、一方の遺族には政府弔慰金が支払われ、他方には支払われなかった。このため「汚職があった」との流言が広がった。
実際は遺族が複雑な申請手続きを知っていたか知らなかったかの違いだった。未払い遺族のザイナープさん(40)は「どの行政窓口を訪ねても、正しい手続きを教えてくれなかった」と憤る。
国を形作る司法や行政の未熟さ。これが国土の8割をタリバンに掌握された「弱い政府」の正体だ。【カブール栗田慎一】
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混迷が続くアフガンの大統領選が20日に迫った。岐路に立つ同国の現状を報告する。
毎日新聞 2009年8月18日 東京朝刊