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ニュースUP:養親子10年の歩み 真実告げ、築いた信頼=社会部・青木絵美

 乳児院にいた1歳の女の子を養子に迎えた東京都在住のあいだひささんは、愛娘の誕生日が来るたびに手作りの絵本を贈り、「親子になれて幸せだよ」と伝え、語り合ってきた。10年たち、女の子は小学校高学年になった。今や遠慮なく腹も立てるし、甘えもする。血縁はなくても、お互いに信頼を築き、向き合う親子の歩みを絵本とともに紹介したい。

 ■乳児院での出会い

 ひささんと夫は留学先の米国で出会った。国籍や人種の異なる学生と机を並べて学び、同じ寮に暮らし、人間関係に大切なのは「何よりも信頼」と感じた。結婚を前に2人は「実の子がいるいないに関係なく、養子を迎えたい」と家族像を描いた。

 帰国後、2人は乳児院を見学する。そこで偶然顔を合わせた赤ちゃんが、なつかちゃん(仮名)だった。「いつかこの子のママになりたい」。実親に育てられない子の里親を探す毎日新聞大阪版などでの連載「あなたの愛の手を」になつかちゃんが紹介されると知り、掲載後、窓口の社団法人家庭養護促進協会(大阪市天王寺区)に申し込んだ。

 新米ママの実習が乳児院で始まった。大泣きするなつかちゃんに、「どんなに困らせたっていいよ、離さないよ」と自分にも言い聞かせるように抱きしめた。3人の生活が始まってからも、お茶をわざとこぼしたり、抱っこを求めて寝付こうとしない。愛情を試すかのように手を焼かせるなつかちゃんを2人は辛抱強く受け止めた。1カ月が過ぎると、なつかちゃんは夫のおなかの上で寝息を立てて眠るようになった。

 ■絵本で安心伝える

 子どもに養子であることを告げることを「真実告知」と言う。家庭養護促進協会によると、養親の多くは、子どもが3歳から小学校低学年のころ、誕生日や家族旅行の時に話す。妊娠した女性を見かけた子どもの問いに答えながら伝えることもある。

 ひささん夫婦は、なつかちゃんがある程度言葉を理解するようになれば語り始めようと考え、成長ぶりを見ながら3歳の誕生日を選んだ。「絵があれば何度も読み返せる」と思い、手作りの絵本「いっしょいっしょ」をつくった。乳児院を「あかちゃんのいえ」と表現し、なつかちゃんがそこから来たこと、これからは今住んでいる家で3人一緒ということを書いた。

 「娘に『ずっとここで暮らすんだ』という安心感を与えたい」。ひささんは、その後も誕生日に絵本や人形をプレゼントし、命を授けてくれた女性への感謝の気持ちのことも話して聞かせた。「その人がいるから私はなつかと出会えた。そして、私はなつかのママ。良いことも嫌なこともともに経験して生きていこう」。そう伝えたかったのだ。

 なつかちゃんが小学校入学を控えていた時期、手作り絵本のことが家庭養護促進協会から出版社に伝わり、ひささんに出版の話が舞い込んだ。そのころ「ママが大好き。だからママのおなかから生まれていないと思われたくない」となつかちゃんが口にするのを聞いた。ひささんとの親子関係を周囲に否定されてしまうのではという不安だった。

 周りの理解の助けになればと、ひささんは出版を決めた。つくった絵本をもとに、家族の始まりや出会いはさまざまあり、どの家族も大切と伝える絵本「たからものはなあに?」(絵・たかばやしまり)を仕上げ、今年6月発行された。

 ■周囲の理解不可欠

 なつかちゃんは今、走ることが好きだ。友人も多い。ひささん夫婦とであれば養子のことを含めて何でも話し、「私のママになれて良かったね」と得意げな顔も見せる。それでも思春期となり、「友達に養子のことを話すと、どう思われるかな」という悩みが生まれた。ひささんは思う。「私は、なつかになれない。せめて娘がこれから生きていく道をならしておいてあげたい」

 「あなたの愛の手を」は45年前に始まり、紹介した子どもは延べ2250人を超えた。私が連載の担当を始めた昨年度は、41人の子どもに里親がついた。取材した子どもが「家族」に出会ったという知らせを聞くのは何よりうれしい。

 もちろん親子がともに戸惑い、悩み、苦しむ時はあるだろう。養親子(ようしんし)が少しでも気を楽にして関係を築くことができるために周りの理解は欠かせない。家族の形に固定観念を持ってほしくない。出版した絵本には、そういう願いが込められている。

 と同時に、ひささんには「なつかが親友に養子であることを打ち明けた時、『そういう家族を聞いたことがあるよ』と自然に受け止めてもらえたら」という気持ちもある。いつか娘が声を弾ませて報告してくれる日を心待ちにしている。

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 ■ことば

 ◇「たからものはなあに?」のあらすじ

 幼稚園に通うなつかの友達のたくや君は、もうすぐお兄さんになる。たくや君は母親に自分が生まれるまでの思い出を聞く。一方、なつかは「あかちゃんのいえ」にいたころの話をママに聞く。ママとパパが「あかちゃんのいえ」を訪ね、「待ってるよ」「大好きだよ」と話しかけ、洋服や人形を買いそろえて家族になる日を待ちわびていたということを。<32ページ、1260円。偕成社(03・3260・3221)>

毎日新聞 2009年8月19日 大阪朝刊

 

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