細田守×笠原健治/『サマーウォーズ』対談

細田守×笠原健治 写真

『サマーウォーズ』


細田守

映画『サマーウォーズ』で考える
現代コミュニケーション論


細田  ぜひお訊きしたかったことがあるんですけど、だいぶ前に登録者が1000万人を越えましたよね? 今、登録者の実数はどのくらいなんですか?

笠原  1700万人ですね。

細田  すごく急速な増え方ですよね。確か僕が5年くらい前にmixiに入った時は、800万人だったと思うんですけど、その変化って何かあります? つまり200万人だった頃のmixiの役割と、1700万人になった時のmixiの役割において、そこに参加してる人やmixiそのものの変化って何かあるんでしょうかね?

笠原  利用してる方の個人的な感覚や感触で言えば、自分のまわりはあんまり変わってないなという人が多いんじゃないかなという気がしますね。登録してマイミク関係ができて、そこで20〜30人くらいの小さな村ができていく。その村の数自体は増えてるわけですが、それによっての影響というのはそんなにはないんじゃないかと思います。

細田  運営する側の意識としてはどうですか? 確かに、利用し始めた当時と比べて会員数が10倍くらいに増えてるとしても、僕自身、マイミクの数はあんまり変わってないみたいなところはあるんですよね(笑)。でも、運営する側としてはえらい違いじゃないかなと思って。

笠原  利用者が増えた分、無作為にスパムメールを送ったりする人が出てきていたり、足跡をつけて回る人が出てきていたりというのはありますよね。単純に個人間のトラブルっていうのも、利用者が10倍増えたら、10倍増えることにはなると思うんですよ。ただそこはサポートの人員を10倍を増やせば済むことですからね。あとは、世間で何か事件や事故が起きた時に、その加害者・被害者の人がmixiに登録していなかったかって探す人が出てきてしまったりもして。皆が使っていると思われているからこそ起きる問題というのは、確かに出てきてます。

細田  なるほど。これだけたくさんの人が参加していれば、mixiにいるに違いないっていう。

笠原  でもそこはサポート体制やルールを変えることで対応していて、スパムにしても相当早く検知できる仕組みを作ってますし、登録時のハードルも上げているので、むしろ今のほうがスパム数は減ってきているんですよ。加害者・被害者の件にしても、事件・事故が起きた時に別のサイトで「この人はmixiユーザーじゃないか」っていう書き込みがあったら、それをすぐ検知して、場合によっては一時的にアカウントを凍結するようにしていて。あまり詳しく言っても仕方ないんですが(笑)、無用に荒れることを防ぐ仕組みはいろいろやってきているつもりです。ただ、利用者が増えたことに対しての考え方の変化というのはないですね。立ち上げた時から、できるだけたくさんの方に使って欲しいと思ってましたから。今3千万を目標と言ってるんですが、映画の中のOZのように、コミュニケーションをする時に皆が当たり前に使うサービスにしていきたいですね。

細田  映画のOZは10億人が使っていて、コンピューター関連の機器を持ってる人はほぼ皆参加してるっていう設定なんです。メールサービスと同じ形ですよね。すでにmixiもある人たちにとってのインフラだと思うんですけど、よりネットに関してインフラ化された世界になったら、さらに面白いかなと思って。
なんとなく一局集中的な会社ではないんだろうなということは考えてたんですよ。参加者が10億人もいて、それを束ねてるとしたら、世界連邦になっちゃうんじゃないかって。だから設定としては、セキュリティー管理だけをしてるようなイメージなんですよね。あんまり大きく仕切り過ぎないみたいな。それであといろんなサービスをオープンID化で提供してるっていうイメージですね。

笠原  さすがにあそこまでいろんな社会生活の基盤になってしまうと、運営する側としてはちょっと怖い気もしますね。ユーザーとしても怖いじゃないかなという気がしますし。とは言え、今現在も携帯電話なりなんなりで、皆それなりに情報を預けてるわけですが……。

細田  僕なんかは逆に、もっとネットが社会生活の基盤になればいいのにと思ってるんですよ。今これだけネットサービスでいろいろできるようになってるのに、なんで税金はネットで払えないんだろうって思ってるくらいで。税務署に行かなきゃいけないのか本当に面倒臭い(笑)。ぜひ解決して欲しいんですけど、そういうサービスがないから映画に描いたんですよ。いずれそういうサービスを作ってくれるかもって(笑)。ネットで便利になった部分と相変わらずな部分がありますけど、もっと便利になって欲しいですね。友達関係にしてもそうで、“皆mixi入っとけよ!”って思っちゃったりもするんですよ(笑)。ケータイ電話がない時代によく生きてたなと思うのと同じですよね。僕は進歩に対して、それと引き換えに何か失ったものがあるんじゃないかなんて言う気はまったくないんです。今回の映画もそうです。ネットがさらに便利になったら楽しいよねっていう映画ですからね。ネットワークサスペンスみたいなところも描いてるから、なんかネットに対して警鐘を鳴らしてるんじゃないかと言われるんです。“いや、全然!”と。

笠原  確かに映画を観ていて、最初はそういうオチなのかなとも思っていたんですよ。ネットじゃなくて、やっぱり家族だよねみたいな。でもネットを否定している映画では全然なくて、ネットも家族も同じだっていう。

細田  そう、同じで、ふたつとも現代に必要なものなんですよね。ネットもそうですけど、今の時代、家族も叩かれがちじゃないですか。新聞やニュースが語っているのを見ていると、日本の家族はどれだけ悪いんだって思っちゃいますけど、そんなことないだろうっていう。だから社会問題として書いてもつまらないと言うか、家族もネットも楽しいものなんだよっていうことを言いたかったんですよね。僕、10年前にネットについての映画を作って、10年後にまたこういう映画を作ったわけですけど、全然違うなって思うんですよ。10年前はネットって本当に新しい、先鋭的な人のための道具だった。それで新しい世代の人たちが新しいサービスを使って、世界を塗り替えて変革していくものっていうイメージがあったんですね。ところが10年経って僕の感覚で見てみると、新しい世代に更新するスピードよりも今までの世代に広がって順応していく速度のほうが早くて、普通にあって当たり前のものになっている。便利が普通になっていくことの楽しさをすごく感じるんですよね。だから今日は「もっと便利になりませんでしょうか!? 笠原さん!!」ということを言いたかったんですよ(笑)。僕らの暮らしをより豊かで便利なものにするために、どんなことを考えてるんですか? なんだか次期政権政党の党首に訊くような質問ですけど(笑)、実際どうですか?

笠原  どうですかね(笑)。コミュニケーション分野で言うと、もっと気軽に情報発信していけるようにはなると思いますね。実際今、ストレスなく素直に情報発信できるツールが流行ってきてるんですよ。コミュニケーションツールを振り返れば、最初に手紙というものがあったわけですけど、手紙というのはある種非常に畏まったコミュニケーションですよね? 文面を書いて住所を書いて切手を貼って、投函して2、3日待たないといけない。それから電話というものが出てきて、コミュニケーションがより気軽にはなりましたけど、ちゃんと用事がなければ電話も掛けにくいですし、掛けても誰が出るかわからない。カノジョに掛けたのに、お父さんが出てどうしようみたいなところもあって(笑)。そこからよりダイレクトなPCメールが出てきて、ケータイメールが出てきましたけど、SNSはこれまでのコミュニケーションと比べてさらに気軽で、非同期なんですよね。同期性がない。メールも非同期と言えば非同期なんですが、SNSの場合、日記を書いたとしても相手はそれを今すぐ見る必要はなくて、それぞれ見たいタイミングで見ればいいし、最悪見なくてもいい。そういう意味で、相手を全然束縛しないコミュニケーション手段だと思うんです。その分、あまり相手に気遣う必要なく、言いたいことが素直に言える。例えば「今日昼めしで近所の店行って、こんなもの食べました。写真を付けます」みたいなことって、こう言ったらあれですが、結構くだらないコミュニケーションじゃないですか(笑)。もちろん個人的に残しておきたい情報で、なんとなくまわりに伝えたいことなのかもしれないけれど、今までだったら言えないコミュニケーションだったと思うんですね。「今日の昼めしはこんなもの食べました」っていうことを友達にいちいちメールして回すとなると、気が引けるじゃないですか。そんなこといちいちメールしてくるなって言われるでしょうし(笑)。でも、mixiだったら気兼ねなく書き込めて、なんとなく相手に伝えられて、見たい人は見てくれて、たまにコメントも書いてくれるっていう。今までだったら抑圧されていたコミュニケーションを、素直に吐き出せる場になっていると思うんですね。最近またちょっと流行り始めてるものにTwitter(ユーザーがつぶやきを投稿し合うコミュニケーションサービス)があって、それもまたライトなコミュニケーションで、ひと言で済むんですよね。「仕事で疲れた」とか「今ここにいて、こんなもの見てます」とか、情報価値としては日記よりもさらに低いと思うんですが、低い分、気兼ねなく発信できるんですよね。


PROFILE

ほそだ・まもる(写真右)
'67年、富山県生まれ。東映動画入社後、アニメーターを経て演出家に転向。ルイ・ヴィトンPV『SUPERFLAT MONOGRAM』などを監督し、'06年に発表した劇場作品『時をかける少女』は国内外の映画祭で絶賛され、数多くの賞を受賞した。

PROFILE

かさはら・けんじ(写真左)
'75年、大阪府生まれ。株式会社ミクシィの代表取締役社長。大学在学中に求人情報サイト『Find Job !』の運営を開始。'04年より国内初のSNSとして“mixi”サービスの提供に携わる。現在会員数は1700万人以上にのぼる。

『サマーウォーズ』
『サマーウォーズ』写真

(C)SUMMER WARS FILM PARTNERS

『時をかける少女』の細田守監督が次に描くのは、現実と同様の仮想都市OZ(オズ)が存在する2010年の世界。夏休みに憧れの先輩・夏希に誘われて彼女の田舎を訪れた健二は、そこで大災難に巻き込まれてしまう。キャラクター・デザインを手掛けるのは『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる貞本義行。
[監督]細田守
[声の出演]神木隆之介/桜庭ななみ/谷村美月/富司純子