『時をかける少女』で注目を集めた細田守監督の最新作『サマーウォーズ』は、ネット上の仮想都市OZを通じて世界を混乱に陥れる敵に、長野の旧家の大家族が立ち向かっていくエンタテイメント作品。そのOZを描く際に細田監督が参考としたのが、日本最大級のソーシャル・ネットワーキング・サービスであるmixiだ。同社の社長でネットサービスの最先端をいく笠原健治社長と、アニメの最先端をいく細田監督の対談が実現した。
自らもmixiユーザーである細田監督が、OZに託したものとは?そして笠原社長と本作には、長野に野球にIT、そしてお婆ちゃんと、
不思議と重なるキーワードがあった!?
笠原 『サマーウォーズ』、とても面白かったです。いろんな面白さがあったんですが、両極端なネットの超最先端と田舎の大家族が描かれていて、そこが非常に面白いなと思いました。ただやっぱりどうしても自分の仕事と言うか、普段携わっているネットワークサービスと対比しながら見てしまうところもあって、ネットサービスとしてどうかとか、こういうサービスはどのぐらいユーザーに受けるんだろうかとか、そこは見て考えましたね。ネットにも非常にお詳しいですよね? うまく今のトレンドが盛り込まれて、凝縮されていて。
細田 実は今回OZを描くに当たって、mixiを参考にさせてもらってるんですよ。僕自身もずっとmixiに入らせていたただいていて、もうどのくらいかな。5年ぐらいですかね。
笠原 かなり最初の頃ですね。
細田 そうですね。今回のようにアバター(ネットコミュニティ上の自分の分身となるキャラクター)が活躍する映画だと、「セカンドライフ(経済活動もできるネット上の3D仮想世界)的なものですか?」みたいなことをつい言われがちなんですけど、僕はセカンドライフは見たこともないんですよ。そこに関しても発端にあったのはmixiで、自分のトップ画と言うか、画像を貼り付けるところがありますね? 自分のマイミクや、更に自分のマイミクのマイミクの人たちの画像を見ていると、皆、名前はもちろん、画像も本当にひとつひとつ違うじゃないですか。それが非常に面白いなと思ったんですよね。その画像っていうのは、もちろん“その人自身”ではないんだけれど、本人が登録して選んだもので、その人自身をすごく表している。それがそのままアイコンと言うか、キャラクターみたいになっていて、そういうものが動き出したら楽しいだろうなぁみたいな感じがあって。だから今回、mixiを参考にしていると言うよりは、mixiそのものなんじゃないかという気もしていて。事後承諾ですが、すみません(笑)。
笠原 いえいえ(笑)。でもそうですね。ネット空間と言ってもひとりひとり人格はあって、現実以上に本当のその人を表しているようなところもあって。場合によっては匿名性と言うか、完全にネットの中でキャラを作っている場合もあるとは思うんですが、それでも友達と繋がっていて、不思議な空間ですよね。とは言え、リアルな側面も強くて、バーチャルだけどリアルみたいな。映画で描かれているのものにしても、ネットなんだけれどもそこにいる自分は本当の自分で、ネットで起こした行動がリアルに跳ね返ってきたりしていて、そのへんはmixiでも実際にあることなんですよね。
細田 ただ、mixiはネットの匿名性の中で、招待制だったり、ある程度この人は誰なのかわかる分、学校や職場で関係性を把握しながらの付き合いに近くて、完全な仮面舞踏会ではないんですよね。
笠原 そうですね。例えばそれこそセカンドライフとか、モバゲーとかGREEとか、最近ではアメーバビグですとか、いろいろなコミュニティ空間がありますけど、mixiはその中でも良くも悪くも一番リアルに基づいているかもしれないですね。招待制で誰か友達と繋がっていて、場合によっては実名を出してたりもしているので、そこでの反応というのは現実のそれにかなり近い。その分、いい面として、より責任を持って発言しやすいというのもあると思いますし、そこでの行動というのがリアルと連動しているので、現実のコミュニケーションの助けにもなっていきやすいという側面もあると思います。ただ、悪い面と言ってしまったらあれですが、リアルと密接な分、やや息苦しいというのもあるかもしれない。完全に匿名だったらより思い切った行動を取ったり、自由にのびのびとできると思うんですが、そこはなかなか難しいかもしれないですね。
細田 ただ、より実用的な付き合い方はできますよね。それでいてFacebook(アメリカで学生向けに作られた世界最大級のソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下、SNS)ほど緊張は強いられないですし。
笠原 Facebookはよりリアルに近いですよね。ほとんど皆、実名を出していて、顔写真まで貼っていて。
細田 僕はmixiを始める以前は、ネットの世界というのは日常と全然別の世界だと思ってたんですよ。そこに悪魔と言うか、魑魅魍魎が渦巻いてるように正直思ってたんです。だって、自分の噂話や悪口を、ネットで簡単に見られるわけでしょ? 恐ろしい世界だなと思って。そんな中で、友達からmixiの招待状が来たんですけど、ネットは魑魅魍魎が渦巻いていて怖いと思ってるから、実は最初、半年くらい放っておいたんです。でもちょっとした調べ物をしてる時に、いろいろネットを探しても見えてこない情報があったんですね。それでひょっとしたら、mixiだったらそういう情報があるかもしれないと思い立って、昔のメールを探して登録したんです。登録するとマイミクで自分の知り合いだったり、間接的な知り合いだったりに繋がっていくじゃないですか。それによって、畳の透き間からはい出てくる妖怪がやっているというネットのイメージが、ガラッと変わって。それまではネットっていうのは自分たちが生きてる社会とは異世界で、だからこそ面白いのかなと思ってたんですよ。でも、mixiに参加したことで、ネットにも現実の僕らのリアルとほぼ変わらないリアルがあって、実はそこがすごい面白いんだと思えるようになったんですよ。
笠原 mixiを立ち上げる時にもまさにそこを狙ったと言うか、そこが新しいところだと考えて作ったんですよね。今までのネットサービスというのは、ネットはネットであくまでバーチャルな空間で、自分の実名を打ち込むこともあったと思うんですが、それは何か商品を送って欲しい時とか、求人に応募する時だけで、現実の生活とは別物として見ているのが普通だった。でもネットであっても、そこにちゃんと自分や自分の友達が存在していて、リアルな人間関係が再現されているっていう。そこが一番新しいところだったのかなって。それが受けいれられたからこそ、ユーザー数もちゃんとここまで増えてきたのかなと思ってるんですけどね。
細田 でも、それにしてもやっぱりあれですよね。実際の現実と変わらないとは言え、mixiでは自分の友達の友達の友達くらいにいて、今はまだ全然知らないけれど、すごく興味深いという人と身近に出会うことができる。例えば大都市で道を歩いていて、その時は自分では見えないしわからないけれど、すごく大事な人とすれ違っていたりもするじゃないですか。mixiはそういう自分自身を俯瞰で見て、自分が今どこに立っているのか、誰と繋がっているのかわかるような感覚ってありますよね。自分の人間関係がわかると言うか。もちろん全部の友達や知り合いがmixiに登録しているわけじゃないですけど、それでも皆、結構な確率で登録してる。特にmixiが楽しいなと思うのが、ネットやコンピューターはあまり好きじゃないんだろうなと思っていた人が、自分のマイミクのマイミクだったりすることなんですよね。“あれ? いるんだ!?”みたいな(笑)。実際住んでるところは全然違うにしても、ご近所さんのような気持ちになれて。本当に便利だし楽しくて、素敵な世界だと思いますね。アニメの演出やっていて思うんですけど、アニメって、見る人・見ない人が決まっていて、どうしても垣根みたいなものがあるんですよ。ネットも同じで、ネットをやる人・やらない人っていう垣根みたいなものがあるじゃないですか。でもmixiの場合、他のサービスに比べてその垣根が低い気がするんですよね。皆が利用しやすいと言うか。
笠原 そうですね。その敷居はうまく下げることができた気がしてます。そのひとつとしてはやっぱり招待制という仕組みがあって、まず自分の友達と言うか、まわりが使っているということで安心感が感じられる。それでいて、まわりが普段考えていることに身近に触れることもできて。あと日記という仕組みも、ブログほど敷居が高くないといころがあると思うんです。ブログは誰が見に来るかわからないですし、もしくは誰も見に来ないかもしれない。それに更新しなきゃいけないという義務感みたいなものも出てきてしまうと思うんですよ。でも日記の場合、必ずマイミクに伝わる。インターフェイスにしても本文とタイトルだけっていうシンプルな形だから、あまりたくさん書かなくてもいいんですよね。そういう敷居の低さと言うか、コミュニケーションしやすい仕組みはあったんじゃないかと思いますね。
ほそだ・まもる(写真右)
'67年、富山県生まれ。東映動画入社後、アニメーターを経て演出家に転向。ルイ・ヴィトンPV『SUPERFLAT MONOGRAM』などを監督し、'06年に発表した劇場作品『時をかける少女』は国内外の映画祭で絶賛され、数多くの賞を受賞した。
かさはら・けんじ(写真左)
'75年、大阪府生まれ。株式会社ミクシィの代表取締役社長。大学在学中に求人情報サイト『Find Job !』の運営を開始。'04年より国内初のSNSとして“mixi”サービスの提供に携わる。現在会員数は1700万人以上にのぼる。
(C)SUMMER WARS FILM PARTNERS
『時をかける少女』の細田守監督が次に描くのは、現実と同様の仮想都市OZ(オズ)が存在する2010年の世界。夏休みに憧れの先輩・夏希に誘われて彼女の田舎を訪れた健二は、そこで大災難に巻き込まれてしまう。キャラクター・デザインを手掛けるのは『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる貞本義行。
[監督]細田守
[声の出演]神木隆之介/桜庭ななみ/谷村美月/富司純子