Dairy

« オフィスの改装がちょっとしたブーム | メイン | 和風ドレス、やっぱいいかも »

2007/07/20 金

村上裁判:結局は利益至上主義を罰したかっただけでは?

村上世彰氏に懲役2年の実刑判決が言い渡されました。

■検察の執念実る

思い出したのは、4月にこの裁判を傍聴したときに見た検察側と村上氏とのやり取りでした。検察側が、村上氏に「あなたは最悪でも執行猶予がつくと思っているようだが」と聞くと村上氏が、「国内の過去のインサイダー取引で実刑判決はありませんでしたので」と答え、それを聞いた検察側が、過去に2度インサイダー取引で実刑判決が出ている事例を誇らしげに紹介した場面です。検察側はニヤリとし、村上氏は多少狼狽したように見えました。

突然、何の脈絡もなく検察側が公判中に言い出したこの執行猶予か実刑かの話題。検察側の実刑にしたいという執念みたいなものを見た気がしました。その意味、今回の判決はある程度想定された流れではあったものの、内容は裁判所が一方的に検察の主張だけを認めたという印象です。

■宮内証言を重視

今回の判決要旨では「ライブドアの宮内ほかの各証言は、全体としてその信用性は高い」となっています。しかし、「熊谷については、検察官調書の信用性は高く(中略)、一方、公判供述は信用できない」と書いてあり、堀江氏の証言については言及もされておらず、今回の判決の材料にすらならなかった印象です。

公判では、宮内氏ほか数名を除いては、出てくる証人が次々と調書内容を覆す証言をしていったので、もしや検察不利かと思ったりしたのですが、結局は検察寄りの証言をした宮内氏の発言だけ信憑性が高いと裁判所が断定したことに対しては、何らかの恣意性があるのではないかと疑ってしまいます。また、宮内氏の発言を重んじた判決は、ライブドア元社長の堀江氏に対する判決でも同様でしたので、この堀江氏、村上氏両人の逮捕が国策捜査と言われるゆえんを垣間見る感じがします。

■調書での自白と「聞いちゃった」記者会見がすべて

今回の裁判で、多くの人が思ったことは「村上さんは罪を認める記者会見までしておいて、なぜ無実を主張?」ということでした。これに関しては、ファンドを守る必要があったので、とりあえずは罪を認める形にして事態の収束を図った、と村上氏は法廷で証言しました。村上ファンドの関係者の証言でも大体そのような内容だったようです。

しかし、これに関して判決要旨では「(それらの説明は)全体として不自然極まりないものというほかなく、到底認めることができない」としています。

確かに、村上氏のあの気迫十分の80分間に及ぶ「聞いちゃった記者会見」を見た人であれば、あれがファンドを守るために仕掛けた茶番劇だったとは信じられない印象もあります。あの時点では有罪と思っていたんじゃないの?と思ってしまうわけです。

しかし、一方、村上氏も法廷で証言していましたが、あの時点で罪を認めた形にしなければ、ファンドの保有銘柄に対してさまざまなヘッジファンドなどが空売りを仕掛けることにより、ファンドの保有資産は壊滅的にやられるであろうことも想像できます。その点、確かに、いったん事態の収束を図って、裁判で勝負というのは話の筋としては納得とも思います。しかし、それは全く裁判所には受け入れられなかったということです。

■なんのための裁判?

また判決要旨には、「村上ファンドの元幹部や元従業員の検察官調書の信用性は相当程度高い。公判供述は信用することができない」と書かれてあります。つまり、村上ファンド関係者が検察に呼ばれて尋問を受け、その結果できあがった調書は信用できるが、その内容を覆す法廷での各証言については信頼できないということです。

法廷で嘘の証言をすると偽証罪の対象になるものが、調書では特に嘘の供述をしてもそのような罪の対象にならないそうで、また、調書はあくまでも検察が作るものという前提に立つと、調書は信用性○、法廷証言は信用性×という今回の判断、あまりに一方的なのでは?と思う次第です。そもそも、じゃあ、何のための裁判だったの?という気がします。

今回の裁判では、裁判長は終始穏やかな表情で、時には笑顔を交えながら裁判を見守っていたように見えましたが、それは、単純に村上氏ほか村上ファンド関係者の憂さ晴らしの場を提供してあげていただけであり、最初から法廷での証言内容を判決に加味するつもりがなかったのかもしれません。

■ほぼすべての証券会社、ファンドは有罪となりえるのでは?

今回の判決をそのまま受け入れると、ほぼすべての証券会社、ファンドは有罪となる可能性が高いのでは?と思ったりします。これは、村上氏逮捕後から、証券業界関係者の間では言われていたことですが、今回のがインサイダーになってしまうのであれば、多くのほかの取引でもインサイダーになってしまいます。

結局、何がインサイダーで何がインサイダーでないかの判断が今回の焦点だったわけですが、経営陣が「やりたいですね~」「いいですね~」と言い何らかのアクションを起こし、それを聞いた場合はインサイダー取引と認定されてしまうのが今回の判決だと思います。

投資ファンドは上場企業に対して、さまざまな戦略上、財務上の提案をします。提案をするということは、そもそも相手企業に対して興味を持っている、つまり、事前に株式を取得し、その後も継続的に株式を売買する可能性があります。提案をして、相手側経営陣が「やりたいですね~」「いいですね~」と言ったので、その時点でインサイダーにひっかかるからと株式の売買を停止するとは考えられず、実際、そのような行為を取っているファンドもほぼないと思われます。

また、証券会社や投資銀行も、企業に対してはさまざまなM&A、資金調達の提案を行います。企業が実際に案件に取り掛かり始めると、証券会社、投資銀行は自己勘定売買を制限するのですが、どのタイミングで自己勘定売買に制限をかけるかに関しては、各社のコンプライアンスに委ねている現状もあり、各社に今回同様強制的な捜査を入れるとインサイダーが出てこない方がおかしいのではないかと思われます。もちろん、証券会社や投資銀行にはファイヤウォールという部署間での壁が存在しますので、投資銀行部が得た内部情報を必ずしも自己勘定売買部隊が得るとは限りません。しかし、情報が回っていないことを証明することも難しく、結構厳しい局面に立たされると思います。

また、今回は案件の実現可能性についても争われていました。株式の5%以上の取得を行うことの決定がインサイダーになるのですが、でも、M&A案件では50%以上の株式の取得ができないと意味がなく、5%だけでは何の足しにもならないことが通常です。ので、経営陣が「やりたいですね~」と言ってやる気になって社内で具体的に動き出したとしても、客観的に50%以上買い集めることができる状況でなければ、それはやはり一種の妄想なんじゃないかと思います。しかし、そんな状況でも5%以上の株式を買い付けられる財務状態であれば、それはインサイダーとなるとのことです。

企業買収の現場では、たくさんの「たら」「れば」と、そして経営陣のwish listの応酬があるわけですが、今回の判決だと、可能性がある限りは黒という判断ですので、ファンド、証券会社の現場の人たちの不安は解消されず、明確な指針もなく、非常に今後のビジネスがやりにくいのでは?と想像します。

ただ、結局、そういう証券業界関係者からの証言がなかったことで、裁判所がそのビジネスの現場を知ることができなかったことも今回の判決に影響していると思います。

■アクティビスト活動は死ぬのか?

判決要旨の中では「ファンドマネージャーとしての活動とアクティビストとしての活動を一人で行っていたのであって、このような運用体制それ自体が本件を招来した」とされています。今回の村上氏のやり口には改善の余地があったでしょうが、アクティビストファンドは、それ自体がそのような性質のものであるので、今回の判決により、今後日本でアクティビスト活動を行うこと自体が制限されてしまう可能性もあります。もしそうならば、ある一定の外圧となって企業経営に規律を与える活動が日本の株式市場で阻害されていくことになりかねません。

最近日本の企業経営陣がかつてのぬるま湯的株式市場へのノスタルジー的回帰をしているように見えますが、その流れを助長させる気がします。

■結局は利益至上主義の態度を罰したかったのではないか?

インサイダー取引として罰するには、強引な面もあるのではないかと思われる今回の案件ですが、最終的には国賊村上ファンドを何らかの形で罰したいという一点に事態は集約できるのではないかと思います。

判決要旨でも「ごく単純なインサイダー取引を示すような売買状況は認められない。だからといって、本件がインサイダー取引でないということにはならない」「ライブドアの大量買い集めのみを当てにして、株を買い集めたという単純なインサイダー取引に比べれば、悪質性は低いようにも思われる」と書かれているので、それなら実刑2年は重いのでは?なんて思うところです。

しかし、「巨額な資金を集めるファンドを支配しており(略)、一般人が持ち得ない立場を利用して高値で売り抜けるエグジットを企て(略)、インサイダー情報を利用しようとした動機には(略)、やはり強い非難に値する」と書かれています。そして、「一般投資家では絶対になり得ない立場を利用して(略)、一般投資家が模倣しようとしても決してできない、特別な地位を利用した犯罪」としています。

これは、明らかなインサイダーとして罰することはできないけども、村上ファンドの活動そのものを罰したい、のように読み取れる気がするのですが、いかがでしょうか?

そして、判決要旨の結論部分では、村上ファンドがフジテレビを裏切り、ライブドアに持ち株の半分を高値で引き取らせた一方、半分をまんまと市場で売り抜けたことに対して「このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」と書いてあります。

結局、この利益至上主義を罰することが最終的な目的だった気がします。というのは、裁判そのものはインサイダー取引を争っているわけであり、フジテレビのTOBへの応募の可否や最終的にライブドアに株式を売るとか市場で売却したというのは、あくまで付随情報であるはずが、わざわざ判決要旨の結論部分に含まれて「慄然とせざるを得ない」と書かれているのですから。もちろん、この2005年1月の取引あたりになってくるとインサイダーの疑いは強まるわけですが、争点はそもそも前年9月や11月の時点です。

■金融犯罪に対応できる人材が不足

最終的には、法曹の世界で、証券、金融業のビジネスの現場を理解している人が非常に少ないことが今回の裁判の難しさを物語っている気がします。スティールに対する判決への反応を見ていても、法律のプロの方々は法律面でのコメントには長けていますが、ビジネスとの絡みでの総合的なコメントはなかなか出てきませんし、今回のケースでも同様かと思われます。逆に、今回の村上ファンドの件は、ビジネスの現場の人たちからもっと擁護するようなコメントが出てきてもおかしくないかなと思っていましたが、そんなことすればお国に目をつけられて業務に支障が出るので、とりあえず静観しているという構図ですよね。

村上氏は即控訴したとのことですが、引き続き孤独な戦いとなることは間違いなさそうです。

  このエントリーを含むはてなブックマーク

コメント

こんにちは。いつも拝見しております。

> 法曹の世界で、証券、金融業のビジネスの現場を理解している人が
> 非常に少ないことが今回の裁判の難しさを物語っている気がします。

本当に同感です。理解できない判決というのは昔から多かったですが、この数年はひどいのではないでしょうか。やや大げさに言えば、勧善懲悪の時代劇をみているようです。

改善策としては、素人を巻き込む裁判員制度なんてやってないで、現場に精通した人材の確保をするということでしょうか?保田さんのご意見をお聞かせいただけるとうれしいです。

Posted by: とんぼ : at 2007年07月20日 15:22

完全に国策捜査ということなんでしょう。
実体のないものを動かして金儲けしてるとか色々言われてますが、
リスクマネジメントなんてその際たるものだし、ボラティリティ
で稼ぐ行為なんて元のお金すらないわけですから、村上さん達に
限ったことではないですよね。。。

勧善懲悪ならいいんですが、その後の古くからある一部上場企業
の粉飾などでは誰も捕まらない。それが美しい国のありかたかも

Posted by: 激しく同意 : at 2007年07月20日 23:46

自らに都合のいい供述を無理強いして関係者から引き出した検察の言いなりになっただけの裁判所の判決。裁判所は真剣に裁く意思があるんですかね。こんなんだったら、裁判所は不要です。日本の検察・警察は世界的に優秀だといわれていますけど、日本の刑事裁判の有罪率が95%を超える世界でも異常なまでに圧倒的な水準にあるのは、保身にひた走る検察と世の中何もわかっていない裁判所の腐りきった構造があるからですね。ほんと、この国にはホトホト愛想がつきました。

Posted by: ホント情けない・・・ : at 2007年07月21日 00:31

> 勧善懲悪ならいいんですが

そういういい意味で使ったんじゃないだけどな・・・
一部分だけ引っ張らないでね

Posted by: ? : at 2007年07月21日 06:56

>しかし、一方、村上氏も法廷で証言していましたが、あの時点で罪を認めた形にしなければ、ファンドの保有銘柄に対してさまざまなヘッジファンドなどが空売りを仕掛けることにより、ファンドの保有資産は壊滅的にやられるであろうことも想像できます。その点、確かに、いったん事態の収束を図って、裁判で勝負というのは話の筋としては納得とも思います。

あの時点で逮捕は時間の問題だったのですから、罪を認めようが認めまいが無関係に村上銘柄の暴落は必定と思うのですが。罪を認めないと他の幹部も逮捕される懸念があったらしいですが、世間的には村上氏のカリスマファンドですから他の幹部逮捕されても結果は同じだった気がします。保田さんはどう納得されたのか知りたい。

Posted by: 佐藤秀 : at 2007年07月21日 10:12

佐藤さん

なるほど、確かにそうですね。法廷では確か、空売りされることよりも、村上ファンドから4人逮捕という情報が流れてきて、その4人目は案件に全く関係のない無実の人間で、彼が逮捕されるのは許されないとも言っていました。

>保田さんはどう納得されたのか知りたい。

ハイ、個人的には実は完全には納得できていません。あの迫真の80分の聞いちゃった記者会見で見た説得力というか、メッセージ性は、嘘でできるものなのかな…と。

ただ、その辺は、村上さんですので、凡人にはできない芸当をこなすことも可能かもしれません。


Posted by: ちょう : at 2007年07月22日 13:52

コメントを投稿する

名前:

メールアドレス:

URL:

この情報を登録する

コメント:

迷惑コメント防止のため、お手数ですが、下の画像の文字を入力してください

   *管理者が承認するコメントのみ掲載されます。ご了承ください。

  

トラックバック

このページのトラックバックURL:

このページへのトラックバック一覧:

昨日の判決について(M&A会計士がゆく)

Search

Profile

AMN sponsor rolls

Comment

TV・Radio・Column

Books

Entry

Category

Calender

Archives

PAGE TOP