2009年08月12日

JAL123便墜落事故から24年

慰霊碑1.JPG

 隙間の先に納骨堂、さらにその先に御巣鷹の尾根があると教えていただきました。(5月20日撮影)

 

 

あの日のことは決して忘れられません。墜落現場の映像に東京ディズニーランドのショッピングバッグを見つけたとき、私の胸はまさに張り裂けそうでした。持ち主は特定されなかったでしょうが、ショッピングバッグの持ち主が亡くなる数時間前、東京ディズニーランドで笑顔でショッピングを楽しんでいたと思うと、悲しさを通り越して悔しさでいっぱいになります。

 

すべての事故の原因は安全に関する思想が貧困なことです。事故が起き、尊い命が奪われたら遺族に限らず、どれだけの人がどれだけ悲しみ、苦しむのかを考えない個人や集団が悲惨な事故を生み出すのです。言い換えれば、他人の「これから」を思いやることができない個人や集団は、大なり小なりいつか事故や事件を引き起こすのです。

 

JR福知山線の脱線事故も同じです。乗客や乗務員を思いやらない集団思想が事故を生んだのであり、個人的な「ヒューマンエラー」で片付けられる問題では決してありません。

 

私は、世界のディズニーから安全に関する思想をたたき込まれた安全管理の専門家として断言しますが、安全・安心社会を具現化するのは思いやりの思想、つまり「友愛」の精神です。「友愛」は人類共通の理にかなった発想であり、宗教や人種、思想や信条を超えて万人が受け入れることができる行動規範(判断や評価の基準となる決まりごと)です。

 

会社や集団は「色々」ですが、「友愛」を基本的な規範にしているところは、思いやり精神に溢れ、きっと評判を高めていくことでしょう。反対にAC(チェンジした政変交代後)時代においても、「友愛」を受け入れられない会社や集団は、下り坂を転げ落ちるように転落していくに違いありません。

 

最後に、上野村の人たちの「友愛」溢れる行いを紹介いたします。

 
慰霊碑2.JPG



慰霊の園

 

 昭和六十年八月十二日夕刻、日航機JA八一一九号機が上野村の御巣鷹の尾根に墜落し、五二〇名の尊い命が昇天されました。

 本来ご遺族の元に帰り供養されるべきご遭難者の遺体の一部が行方不明処置となり、上野村に骨壷の姿で残されることになりました。

 上野村々民は事故処理のお手伝いを通して、事故のすさまじさ、ご遺族の悲しみを目の当たりにし、このような事故が二度と起こらないように願い、五二〇の聖霊を祀ることが上野村々民に課せられた責務であると考えるに至りました。

 上野村は険しい山々に囲まれ平坦な土地のほとんどない所ではありますが、この趣旨に賛同した村民有志が土地を供出し慰霊の園を建設することが出来、御巣鷹の尾根に向かって合掌した形の慰霊塔が末永く聖霊をお守りすることとなりました。

 ここ慰霊の園にご参拝いただく皆様と共々、末永く御霊をお慰めし交通安全を祈って参りたいと存じます。

合掌


平成元年 財団法人 慰霊の園