東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 国際 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【国際】

遠い『自立』 深まる不安 グルジア紛争1年 南オセチアルポ

2009年8月5日 朝刊

最悪の被害を受けて壊滅した「ユダヤ人地区」では、ロシアの支援による新たな集合住宅の建設が始まっていた=南オセチアのツヒンバリで

写真

 グルジア紛争からもうすぐ一年。ロシアによる軍事侵攻や南オセチアなどのグルジアからの独立承認問題は、当時、世界を新冷戦の間際に追い込んだ。米ロが協調に向かい始めた今でも、その対立は解消されていない。大国の論理の下で戦場となった南オセチアは、ようやく復興が緒に就いたものの、財政などはロシアの支援だけが頼り。将来の不安はぬぐえない。 (モスクワ支局・中島健二、南オセチアの中心都市ツヒンバリで、写真も)

 紛争時、激しい戦闘にさらされた南オセチアのツヒンバリ。破壊された政府庁舎などはそのまま残り、崩壊した住宅も点在する。

 その街を七月下旬に訪れると、開けた場所が目に入った。昨年八月八日、グルジア軍からロケット弾の集中攻撃を受けたとされる通称「ユダヤ人地区」。既に残骸(ざんがい)は撤去され、建物の基礎工事が進められていた。

 「街で最も歴史のある場所が跡形もなく破壊された。ここに三階建ての集合住宅ができる」と、今年初め市内で建設会社を創業したベゴイエフさん(29)。崩壊したままの建物も周りに残る現場で胸を張り「すべてロシアのおかげ」とも語った。

 南オセチア独立派政府によると、被害を受けた約四千の住宅・施設などを復興する予算は約二十七億ルーブル。その全額がロシア政府の支援だ。郊外では、学校や商業施設を整備した広大な新興住宅地「モスクワ地区」をモスクワ市が建設中。これも皆「ロシアからの贈り物」(独立派政府当局者)。

 ロシアから直接、南オセチアにガスを供給する新パイプラインもロシア企業がほぼ敷設を終えた。ロシアが独立承認した日に当たる八月二十六日に稼働させる。送電線網も整備が始まっている。まるでこの地をのみ込むようなロシアの勢いだ。

 復興や経済政策を担当する南オセチア「国家委員会」のカビソフ議長は「ロシアは国民が独立の自信を持てるよう支援している。そんな支援をロシア以外の国はしてくれない」と当然のように受け入れる。

 半面、南オセチアのココイトイ大統領は昨年九月、外国報道陣との会見で、ロシア編入の可能性を認めた。ロシアの軍事専門家の間には「独立承認はロシアが軍事基地を置くための理由づけにすぎなかった」との見方もある。

 旧ソ連圏で、ロシアは、エネルギー戦略や軍事協力をめぐり、欧米と影響力争いでしのぎを削っている。ロシアがカフカス地域での橋頭堡(ほ)として南オセチアとアブハジアを“ロシア化”し、さらに編入を画策する筋書きがあっても、不思議ではない。

 ただ、住民の思いは複雑だ。「支援はありがたいが、どこにも頼らない独立国になりたい」と、街の中心地区に住むプリエワさん(25)。自立国家を願う住民には「編入」など考えられない。ユダヤ人地区以外の住宅復興が停滞している状況も、独立派政府に対する不満や不信につながりかねない。

米ロ、依然対立続く

 七月下旬、米ロ両国間に緊張が走った。舞台は、ロシアの脅威に対する備えの強化を図るグルジア。米国がバイデン副大統領のグルジア訪問にあたり、武器供与に踏み込むとの情報が浮上したためだ。

 ロシアのカラシン外務次官が痛烈な警告を発した。「ロシアはグルジアの軍備増強を強く懸念するが、平気でグルジアの要望にこたえる国がある。われわれは対抗措置を取る」

 昨年の紛争の後、ロシアと欧米は激しく対立した。当時のブッシュ米政権による旧ソ連諸国への影響力強化に危機感を強めていたロシアは南オセチア、アブハジア自治共和国の独立承認、基地建設合意といった勢力圏構築に突き進み、欧米との関係は冷戦崩壊後最悪となった。

 その後、オバマ米新政権はアフガニスタン安定化などでロシアの協力を求めるため、協調路線に転換。ロシアも関係「リセット」に応じ、核軍縮交渉も進み始めた。

 それでも、カラシン次官の警告が表すように、グルジア問題は依然、米ロ間では危険をはらむテーマだ。オバマ大統領が七月初め、米ロ首脳会談でグルジアの領土保全に触れた後、それ以上は踏み込まなかったのは、互いに譲れない深刻な対立問題であることの裏返しともいえる。

 ロシアとグルジアは昨年、欧州連合(EU)の仲介で停戦和平に合意。EUの停戦監視団が昨秋、活動を開始した。しかし、ロシアなどは南オセチアなどの域内では活動を認めていない。ロシアは国連監視団の期限延長にも拒否権を行使した。南オセチアなどの独立を既成事実とする構えは、決して崩そうとしない。

 カーネギー財団モスクワセンターのトレーニン所長は「南オセチアとアブハジアの状況は、欧米が反発しても既に“事実”と化している。米ロはその事実の上で協力を続けていくだけで、大きな影響はない」とみる。

 ただし、米ロ融和は情勢の安定が前提だ。七月末からはツヒンバリ付近で砲撃情報が飛び交い、双方が非難を応酬、ロシア国防省は「武力行使の権利がある」とまで警告した。一触即発の懸念はぬぐえていない。

 南オセチアの独立を承認した国は、いまだロシアとニカラグアだけ。ズィオエフ南オセチア外相は七月二十九日、本紙との会見で「紛争は、グルジアの行動を見て見ぬふりする欧米の責任でもある」と主張した。対立の根は深い。

攻撃の真相解明は困難

 昨年八月七日深夜に始まったグルジア紛争は、「五日間戦争」と呼ばれる。そこで実際に何が起こったのか、いまだ不明確な点が多い。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは今年「ロシア、グルジア双方が無差別攻撃を行った」と報告。関係国政府に調査を求めているが、解明は困難な情勢だ。

 報告によると、グルジア側は多連装ロケット弾で一般人の住宅を攻撃。一方、ロシア側も無差別砲撃を行ったほか、グルジア人集落における一部オセチア人の放火、略奪行為を黙認した。

 グルジア側は、攻撃時に南オセチア住民は既に脱出していたと主張。「虐殺」があったとするロシアの主張を否定する。しかし、調査した同団体のラクシナ専門員によると「実際は多くの住民が残っていて地下室で恐怖にさらされた」という。

 オセチア人による破壊行為の疑いは、南オセチア側が強く否定する。しかし、ツヒンバリの独立系新聞の記者は、実際に放火が行われたと証言。ツヒンバリ近郊には、破壊されたままのグルジア人集落が点在する。

 住民の犠牲者数などは百人前後と推定されるものの、具体的な人数や事実を確認する手だてはない。

 「分かっているのは、現在グルジアに二万二千人いる難民が南オセチアなどに戻れなくなったこと」と同専門員。住民同士が境界を挟んで憎悪を増幅させる事態を懸念する。

 

この記事を印刷する