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【国際】

グルジア紛争1年 民族の“魂”  望郷の念つなぐ賛美歌

2009年8月11日 朝刊

友人たちと肩を組み「リレ」を歌うビジナさん(右端)とシモさん(右から2人目)=4日、グルジアの首都トビリシ近郊で

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 「われを救いたまえ、幸を与えたまえ…」

 グルジアの首都トビリシ近郊にある避難民アパート。主婦のビジナさん(50)が自慢ののどを披露してくれた。

 アブハジア自治共和国のグルジア境界にあり、同共和国内で唯一のグルジア人支配地域だったコドリ渓谷の出身。故郷は昨年八月のグルジア紛争でロシア軍の空爆を浴び、命からがら逃げ延びた。

 あちこち壁紙のはがれた新しい住居はそれでも故郷の家より立派なぐらいだが、調子はいまひとつ乗らない。

 渓谷の住人、グルジア系スバン民族に伝わる賛美歌「リレ」。民族の“魂”というこの歌を早く、ふるさとで歌いたい…。

 黒海に面した要衝の地で、豊かな石油資源も期待されるアブハジアは、ロシアとグルジアの火種となってきた。

 グルジアは一九九三年の独立派との紛争に敗れ、アブハジアのグルジア人は自治を失ったが、亡命した在トビリシ・アブハジア政府のバラミア代表(43)は「当時からロシアはひそかに独立派の軍事支援を続けてきた」と話す。

 グルジア紛争では主戦場の南オセチアに注目が集まったが、「とりたてて資源もない南オセチアより、アブハジアの支配がロシアの真の目的だ」と同代表。

 一方、グルジアにとっても、アブハジアの統合は南オセチア統合以上に悲願といえる。

 九〇年代の紛争で、今も帰郷できないアブハジアからのグルジア人避難民は二十五万人以上とされ、グルジアの総人口の5%を超える。グルジア紛争から逃れ、帰郷できない避難民のざっと十倍だ。

 避難民は生活基盤がもろく、失業率が一般国民の二〜三倍とされるなど、社会不安をあおる潜在要因となってきたが、グルジアには統合以外、解決の手段が見当たらない。

 ビジナさんは九三年の紛争で兄を亡くした。昨夏は自宅からほんの数十メートルの場所に爆弾が落ちたという。が、それでも、故郷に戻ることをあきらめる気はない。「私たちは代々、あの場所に住んできた。支配する人たちが代わったから、出て行けって言われても納得できない」

 兄は銃で撃たれ、「リレ」を口ずさみながら死んでいったという。死の間際まで「民族の誇り」を示した兄が誇らしい。

 ソ連の崩壊で多くの新しい境界ができた。国を持てなかった民族は自決の思いを高め、大国の思惑と相まってさまざまな悲劇を呼び起こした。グルジア紛争もそのひとつ。

 ビジナさんと同じアパートに住む元軍人のシモさん(50)は今年に入ってから携帯電話の着信メロディーを「リレ」に変えた。この曲をともに歌える仲間と故郷で暮らしたい。

 「このまま実現できないんだったら…」。その手は、見えない銃を握り、故郷のためなら実力行使も辞さない決意を示していた。(トビリシで、酒井和人、写真も)

 

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